ブナの沢旅ブナの沢旅
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2013.06.27
内唐府沢左俣下降~右俣~左俣下降
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2013年6月27-28日

 

また例の書き出しとなる・・・当初は足尾の沢を二本遡下降する予定だった。天候は直前まで梅雨の合間の曇り予報。贅沢はいえないと予定通りのはずだったが、実際の天候はみるみる悪化し、群馬栃木の山間部は雷雨警報の大雨となる。前夜発当日は横浜も土砂降りとなり、こりゃダメだぁと急遽転戦を提案。関東がダメなら東北へ行こう~と相成った。当日発に切り替え、行きたい沢リストを思い浮かべる。

東北の沢といっても残雪が多い今年はまだ行ける沢が限られる。そういえば毎年のように6月は宮城県境の沢で沢泊まり始めをしていた。去年は笹木沢のとなりの戸立沢へ。いろんなことが頭を巡る。そして思い立ったのが内唐府沢だった。ほとんど記録のない沢だが、検索すると、前からコピーしていた10年前のトマの簡易記録以外にただ一つながら、とても参考になる記録がヒットした。これまでも何度か参考にさせてもらっている岩手の「酔いどれ」さんだ。よし、これで行けると思った。

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当日の朝東京駅に集合し、直前のドタバタをクリアして出発できたことにヤレヤレと胸をなでおろす。車窓から眺める空は北へ向かうにつれ晴れわたり、まるで最初から計画をしていた気分になるから単純なものだ。古川駅からレンタカーでまずは漆沢ダムへ向かう。もう少し山形方面へ進むと尾花沢の銀山温泉が近いことを知り、意外だった。

ダムにそって進むと「いわなの里 湖畔公園」が広がる。ファミリーキャンプ場にはトイレもあるので仮眠場所によさそう。ここからは未舗装の道となるが、けっこう車の往来があるようで荒れたところもなくおおむね良好だ。分岐が多く迷いやすいが、酔いどれさんの記録を頼りに無事林道分岐の車止めにたどり着くことができた。(ほんとうに感謝です!)

沢装備で歩き出したのが11時と遅いが、短い行程なの余裕たっぷりだと、この時はまだ暢気だった。地図を見ると430m二俣へは枝沢を下ってショートカットできそうに見えるが、急がば回れと、素直に林道終点まで40分ほど歩く。明瞭な踏み跡をたどって左俣590mへ降り立つ。ここから430m二俣まで下って右俣を遡行し、700mの枝沢に入って左右の沢を分ける尾根を乗り越し、再び左俣を下降して入渓点に戻るという周遊コースだ。

降り立った所はナメ床で、少し下るとナメ滝があらわれ期待させるが、以降はとくに見所があるわけでもない平凡なゴーロ沢となる。沢床がゴロゴロ石で歩きにくく、二俣までは意外と時間がかかった。休憩をとり、右俣へ入るといかにも本流らしい雰囲気となる。しばらくは平瀬がつづくが、渓相はすっきりとして両岸はサワグルミの上にブナの森が広がりとても美しい。

左岸の枝沢が見栄えのするスラブ滝を落としている。熱いくらいの日射しなので、滝に近づいてヒンヤリとしたスラブから流れる水をゴクンゴクン。次第に両岸が狭まってV字谷となる。水量は多からず少なからずといったところか。多いと苦労しそうな渓相なので、我々にはちょうどよい。側壁の傾斜が強くてへつれない所は積極的に水に入る。それほど冷たくないので心地よく感じられる。以前は秋の遡行が良さそうだと思っていたが、ヘツリの苦手な私にとっては水に浸かっても寒くない今の季節でよかった。

ようやく小滝があらわれ、右壁を快適に登るとその先は恐ろしく立った草付き泥壁が頭上にせまり、右岸には枝沢が黒光りした急傾斜のスラブ滝を落としている。そんな威圧的な光景を眺めながら進むと行く手は長い廊下となり、出口に小滝を落としている。

ここは高巻きの方が大変そうなのでドボンを覚悟で右岸の壁をへつる。しばらくは見た目ほど悪くなかったが、4分の3ほど進んだ所でYさんの動きが止まった。ほんの一手ながら手がかりがない。そして思い切って越えようとしたところでドボン。一瞬驚いたが、落ちたのに沈まずに立っているので、あれっ。なあんだ、出口に近づいたところはそれほど深くないらしい。それならばと、私も手を借りてドボン。一部胸まで浸かったが、事なきを得て滝上に這い上がった。我が弱小パーティにとってはこんなことでも新鮮な体験であり、面白かった。

ホッとする間もなく沢が左に曲がるところに大きな釜をもつ10m滝が見えて来た。左岸壁のスラブからも水が流れ落ちている。いよいよ最大の核心部を越えなければならない。高巻きは絶望的だ。まずは滝に近づいてルートを確認。右壁は足下がかぶっているので滝中央の緩傾斜から取り付いてみるがシャワーが強くてギブアップ。そこでロープを付け空身のショルダーで右壁にとりつき、なんとか下段の落ち口へ。ホールドは細かく、外傾していて緊張した。登った所の甌穴に膝上まで浸かってザックを二つ引き上げるが、途中で引っかかって苦労する。

やっとの事で全員集合し、つぎは上段のハングをこれまた空身ショルダーで這い上がる。ふたたびザックを引き上げてからが大変だった。滝上は深い釜になっていて支点がとれないのだ。しかたなく足を踏ん張れそうな所に腰をすえ、肩がらみで確保する。ハングを越えるところはゴボウ登りになるので、もうこれ以上無理っていうくらい踏ん張って難所を切り抜けたときにはほんとうに安堵した。

深い釜を左壁沿いにへつって越えると上部はゴルジュの連瀑帯となり、とても美しい。ここはフリクションのきく側壁を問題なく進む。ゴルジュ出口の小滝も手がかりが乏しく、少し手前の右岸壁からロープを出して登った。

ようやく穏やかな渓相となり、両岸も開けてナメが続く。ホッとするひとときだ。そして再びゴルジュ帯となるが、最初のゴルジュよりも開けているので圧迫感はない。時々あらわれるトロや小滝も水線通しに進む。釜には魚影も見られるようになり、ようやく気持ちにも余裕ができ、思っていたよりもいい沢だと言いあう。

ずっとナメがつづいてくれたらいいなあと思いながら進むと前方にスラブ滝が見えて来た。左の乾いた所からYさんが取り付いてみたが途中で行き詰まる。のっぺりとしてホールドが見つからない。そこで直登は諦め今度は私が空身で左壁から小さく巻くが、見かけよりも悪くヒヤヒヤしながら滝上へ。安易にとりついたことを後悔し、直登ルートをもっとよく見るべきだったと反省。後続はロープ確保で直登し、なんとかそろって滝上へ。

最初は時間を気にせず暢気に遡行していたが、大滝と二つのゴルジュ帯を越えるのに予想以上の時間がかかってしまった。なにしろ高巻きができないので直登しかないが、ホールドが細かく我々にはむずかしい滝ばかり。笹木沢の鎧滝の方がよっぽど簡単だったなどと愚痴がでる。とはいえ、時間がかかってもなんとかクリアできた喜びも大きい。

わずか100mの標高を稼ぐのに3時間半もかかってしまい、さすがに時間が気になり始める。緊張の連続でもうお腹一杯の状態だ。530m二俣手前の沢が左に曲がるところの平坦地に目がとまる。草むらに入って見ると軽い笹藪だが地面は平らだ。焚き火の場所が離れてしまうので理想的なテン場ではないが手を打つことにする。

ようやくエキサイティングな一日を無事に終えることができて心底ホットする。さっそく刈り払いをしてテントを張ると、エアマットが不要なほど快適な寝床ができあがった。この頃から雨が降り出し一時は雨足も強くなったため、焚き火を諦める口実ができた。中で人心地つけば快適なテントライフ。いつものように乾杯し、ささやかながら盛りだくさんの食事で満たされる。

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雨が随分降ったので翌朝は増水が気がかりだったが、さすが保水力の高いブナの森のまっただ中。何の心配もいらなかった。沢は深い森に分け入るように静かに穏やかに流れている。朝からガスっているせいか森がとても幻想的で美しい。すでにハイライトの悪場は越えたので、今日の見所はブナの森かな、なんて思いながら歩いて行くと再び滝があらわれる。ゴツゴツ岩の滝で登りやすい。

570m二俣を過ぎると沢が狭まり両岸がのっぺりした壁の小滝があらわれる。一瞬どこ登るんだろうと思ったが、よく見ると右岸にトラロープが垂れ下がっていた。ロープを手がかりに登って進むと8m滝となる。昨晩の雨のおかげか水量があって美しい。登るなら左壁だが水流があって直登はむずかしい。ここはYさんに左側の草むらの壁を登ってもらい、私は確保付きで水流脇を登った。昨日のロープワークで胸と二の腕が筋肉痛になり、踏ん張ることができなくなっていたのだ。二日目はことごとくサポートしてもらうという情けない状況だった。

つづく5m滝を右岸から小さく巻くと、ここにもトラロープが土に埋もれていた。なんだか急に釣り師の気配が感じられるようになる。きっと下から釣り上がると10m滝を越えられないので上流から入っているのだろう。少し進むと白糸状の幅広6mがあらわれ、最後まで楽しませてくれる。途中まで左側の水流を上り、上部は樹林に逃げて滝上へ。なかなかの沢ではないですか。

滝上は穏やかな平瀬となり、日本庭園風の渓相がこれまた渋くていい感じだ。うっすらとガスのかかった森の美しさに目を奪われながら進む。左俣に下る尾根の鞍部にぬけるための枝沢が入る700m手前からは右岸の窪みに注意しながら進む。地図で見ても高度を上げないと沢型が判然としないところなのだ。

何となくそれらしい窪に入ると細い沢筋があらわれ、次第に沢らしくなっていった。沢が左に曲がった先に滝があらわれるが登れる気がしない。少し戻って右岸の尾根から巻く。最初は急斜面で踏ん張りがきかず苦労したが、傾斜が緩むとあたりはいつの間にか大木が林立するブナ林となる。あまりの素晴らしさに有頂天となり、沢に戻らずこのまま尾根筋を登ることにした。

途中の右手斜面の下に目がとまる。無木立の広い窪地になっており草や低灌木で覆われている。ひょっとして、と思う。トマの記録によると、このあたりに小さな隠れ沼があるらしいのだ。10年以上前の記録でも水量は少なそうだった。あの窪地は隠れ沼の跡かもしれないなどと思う。

薄い笹藪をかき分け、個性のあるブナを一つずつ写真におさめながら登って行くと、一本のブナに昭和の年号が付いた伐採予定札が貼り付けられていた。そうか、このあたりも伐採の手が伸びていたのかと、船形山のブナ林伐採の歴史を思い起こす。かつては白神山地以上の広さがあったけれど、縦横に渡る林道敷設と伐採により、その4分の3が失われてしまったという経緯を「船形山のブナを守る会」のサイトで知った。

後日あらためて状況を確認すると、船形山のブナ保全運動により、鳴瀬川上流域のブナが伐採をまぬがれ、保護されることになったと書かれていた。(それなのに、1990年に内唐府沢36林斑のブナ伐採が強行された模様。私たちが見た伐採札には34林斑とあった。今思えば、あの小さな尾根で感動したのは、たんにブナの森のすばらしさだけではなかったのだ。間一髪で伐採をまぬがれたブナの、ひっそりと凛々しく逞しく生きている姿を知らずと感じ取ったからかもしれない。なんて、こじつけすぎかもしれないが・・・)

話はそれるが、2009年に細川舜司氏の『日本の「分水嶺」をゆく』という本州の分水嶺踏破の記録が出版された。またたく間に引き込まれ、地図を片手にむさぼり読んだ記憶があるが、とくに目を惹いたのが「船形山北部の荒神山と黒森」の記録だった。そこには黒森のブナの素晴らしさがつづられ、白神や和賀以上に素晴らしい東北一のブナだと書かれていた。

ただし、黒森北の鞍部直下まで地図に出ている林道が延びていたので、これらのブナの大木もいまは伐採されてしまっただろうとも。それ以来、黒森の存在が気がかりで、東北一のブナがどうなったのかいつか見に行きたいと今でも思い続けているのだ。

今回はその直接の答えにはならないけれど、内唐府沢をもう少し遡って750mの左岸枝沢を詰めれば黒森の東端に到達することがわかった。2万5千地図の直線距離でわずか3センチの距離だ。宮城県はブナ林の保全を決めたが山形側はどうなのだろう。分水嶺の県境直下までのびている林道を歩いてみたい、などと興味が尽きない。

さてと、851m尾根の900m鞍部は広い笹藪の平坦地で、反対側にはすぐに谷筋が認められた。急斜面をドンドン下る。途中3、4mほどのナメ滝がいくつかあらわれるが、すべてクライムダウンできて困難なところはない。単調なゴーロがつづき、おまけに滑って歩きにくい。淡々と下り、足が痛くなって飽きるころ、ようやく見覚えのあるナメの二俣に着いた。あとは往路を戻るだけだ。斜面の踏み跡を登って林道終点の広場でザックをおろす。

無事に終わったと、ふうっと息をつき、お疲れ様の握手。ふだんは悪場のない穏やかな沢旅をしている我々にとって、これまで経験がないタイプの沢だった。何度もロープを出し随分苦労した。けれど、大変な部分も含めてきれいでいい沢だった。美しいブナの原生林にも出会えた。どれもこれも手垢が付いていないだけに新鮮だった。これからも、知られざる地元のいい沢を巡る沢旅を続けていくつもりだ。

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林道車止11:00-左俣入渓11:45-430m二俣13:35-550m幕営地17:30/6:10-700m枝沢-900m鞍部乗越10:35-左俣入渓点12:45-林道車止13:35

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