ブナの沢旅ブナの沢旅
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2019.05.03
沼の平〜猿崖〜浅草岳〜木の根峠〜田代山〜丸倉山
カテゴリー:雪山

2019年5月3~5日

10連休はJR大人の休日倶楽部割引が利用できないため山は連休後と思っていたのだが、世の中の休日ムードや好天に押され、やっぱり行きたくなった。当初は、3月の赤見堂から見た真っ白い屏風のような山並みの茶畑山から以東岳の尾根を歩いてみたいと思った。けれど調べていくうちに朝日連峰は無雪期の登山道を歩いたこともないのに、おこがましい気持ちになってしまった。

南会津の山もいいけれど、最近はゴールデンウィークに行く山ではなくなったと感じている。う〜ん、ではどこにしようかと思い出したのが、以前から関心のあった浅草岳の早坂尾根を経て八十里越の峠に下り五兵衛小屋への尾根を歩くことだった。その上沼の平の猿崖からアプローチしたいなどと欲張る。最近は体力の低下と予想外の諸条件で計画通りにいかない山行が続いている。あまり気張らず行けるところまでゆるゆる逍遥の山旅とすることで話がまとまった。

出発日の3日は下りが混むという情報だったので上越新幹線は指定をとったところ拍子抜けするほど空いていた。電車を乗り継ぎ小出駅からは久しぶりに只見線に乗る。こちらは今までで一番乗客が多く、只見駅に近づくと沿道で多くの人が電車に手を振り、駅近くでは手作りの人形たちが歓迎してくれた。只見頑張ってるなあとうれしい気持ちになる。

 

入叶津の登山口まではまだ車は入れず、手前の駐車広場でタクシーを降りた。去年はここでテントを張って日帰り新緑ハイキングを楽しんだ。登山道を登り九十九折の八十里古道に入るとブナの淡い新緑が美しい。650mあたりから登山道は雪で覆われ景色が変わるが昨年の記憶もあってスムーズに山神杉の分岐へ。

沼の平への渡渉点へ下っていく。ブナ林の雰囲気がいいところだが芽吹きはまだだった。小三本沢の渡渉が初日の核心だと覚悟してきた。確かに雪解け水が轟々と流れている。靴を脱いでネオプレーンのソックスをはく。流れが緩そうなところを選び、念のためロープを引いて恐る恐る渡渉する。慣れている人ならばなんということのない渡渉かもしれないが、何しろ水流に弱いのだ。

 

対岸に渡ってホッと一息つく。沢筋斜面の崩壊は相変わらずだが、乗り越えて中に入ればのどかな別世界となる。茫漠とした地形を猿崖の取り付き点目差して進んでいく。少し登ると曲沼が見える台地となるが、10年前に泊まって焚き火をした所だった。さらに緩やかに登っていくと氷が周りからとけて青い瞳のような形をした沼が見えてきた。吾妻連峰の五色沼は「魔女の瞳」と呼ばれているようだが、こちらの瞳の方も小ぶりながら妖艶な雰囲気だ。

明瞭な尾根に乗り上げると北側は百合の沢源頭の端正なブナ林が広がる。1075mに乗る所が急斜面で上部が雪が割れていて少し難儀するが、あとは緩やかな広い台地のような尾根となる。一応初日の目安は立てていたが、急ぐ必要もないので1170mの平坦地でザックを下ろす。久しぶりに無風でのテント設営。枯れ木を集めてまずは無心に焚き火を熾す。焚き火にあたりながらあれこれ持ち寄った前菜でちょこっとビールを飲んでいるとブナの森に夕日が沈む。よい山旅となることを期待して初日を終えた。

 

 

日がどんどん長くなっている。ウグイスの鳴き声があちこちで聞こえる気持ちのいい朝を迎えた。朝はお茶漬けで軽く済ませて5時半に出発する。雲海の上に山々が頭を出してまるで墨絵のように美しい。安沢の源頭部もブナ林が整然と並んでいる。沼の平から安沢を詰めれば短時間でたどれるのだが、あえて遠回りをしてブナの尾根歩きを楽しんでいるのだ。

高度を上げ振り返ると広い広い早坂尾根越しに越後の山並みを見渡す。素晴らしい展望だ。平石山からの登山道と合流するあたりからは無木立の雪原となる。10年前にはまだ避難小屋があり、雪に埋もれた屋根を掘り当てて喜んだことをよく覚えている。

今年もやって来ましたよと、山頂へ。まだ8時前なので一番乗りだ。雲ひとつない青空で展望は抜群。見なれた山々が広がるが、田子倉湖を挟んだ村杉半島に目が向かう。つい10日前はあの尾根で苦労して逃げちゃったんだなあと。半刻ほどのんびりして、まずは早坂尾根を下る。粟ヶ岳から矢筈、御神楽と連なる会越の山々を展望しながら極上の尾根歩きだ。ずっと歩きたいと思っていた尾根だった。

 

 

登りになると途端にペースが落ちる私たちだけれど、快適な尾根下りはもったいないほど早い。1200mからは早坂尾根と別れて県境の大三本沢左岸尾根に進む。1050mまでは緩やかに下る一方で、この調子ならば木の根峠から丸倉山にピストンできるかもしれないなどと後から思えば呑気なことをいっていた。

地図でも予想できたが下り基調が終わると1000m前後のアップダウンを繰り返し、茫洋とした雪原台地の波に揺られさまよう感覚にとらわれる。何年か前に南会津の舟鼻峠から神籠ヶ岳、駒止湿原を歩いた時と似ていると思った。

気温がどんどん上がり暑さでぐったりとなる。けれど雪が途切れることはなかった。1009mを越えて遅沢左岸尾根に注意する。ゆったりとした尾根で雪も付いていることを確認する。計画ではこの尾根から八十里越登山口に下るからだ。

尾根が西に向き始める頃から様子が変わる。痩せ尾根のポコに藪が出はじめたのだ。できるだけ雪堤をつなぐが途切れるたびに藪尾根に這い上がる。その繰り返しが続いて時間がどんどん経過していった。水流に弱いだけでなく藪漕ぎにも弱い。それで沢や登山道のない雪山を好むのだからおかしなものだと自嘲気味となる。

やっとの事で木の根峠が見えてきた。最後まで尾根は藪で覆われていたが、幸い斜面は雪のついたブナ林でホッとする。無雪期とはまったく様相を異にする木の根峠に降り立ちヘトヘトになる。峠の両側にある石の標識は雪に埋もれていたが、八十里古道入口と書かれた小さな木の標識がかすかに頭を出していた。峠の上は広い雪原になっていてあっけらかんとした雰囲気が感じられた。ともあれ長年の想いを果たすことができて嬉しかった。

予想以上に時間がかかったので、途中藪を漕ぎながら翌日の予定をあれこれ思案した。遅沢源頭まで戻るという選択はありえなかったからだ。そこで翌日は丸倉山まで往復して五味沢林道を下ることを提案したら、いい終わる前に「サンセー」の反応。同じことを考えていたようだった。峠の前は広い盆地状になっていたのでここを二日目の寝ぐらに決めた。暑さと藪で疲れてしまった。ささやかな思いを叶えることもそれほど容易ではなかった。やれやれの自分が不甲斐なくもなかったが、珍道中の「ブナの沢旅」に乾杯して二日目を終えた。

 

 

昨日はよほど疲れたのか、めずらしく熟睡してすっきりと朝を迎えた。テントはそのままにして田代山から丸倉山へ向かう。登山地図には山名が記載されていないが、早坂尾根からは両翼を広げた大きな山であることがわかる。木の根峠に張り出した尾根は藪なので東側のブナ林を登る。途中でふたたび藪尾根に追い込まれるが、木の根山からはほぼ東側の雪堤を歩くことができた。

眼下に田代平が見える。まだ冬の眠りから覚めていないようだ。細尾根の通過点のような田代山山頂で一休み。目の前には丸倉山がどっしりとした姿で迫っている。何年か前に黒姫から真っ白で平坦な山頂が見えた時、緩やかで気持ちが良さそうだと印象に残っていた。

今回久しぶりに越後の山のバイブルともいえる藤島玄著「越後の山旅」引っ張り出して調べてみると西側の山腹に丸倉鉱山があったことや、これから下る鞍部の鳥越峠は只見と越後を結ぶ峠道があったことなどがわかった。実際にさもありなんと思える地形だ。ブナ林の斜面を100mほど下るとゆったりとした鞍部となる。

ふたたび緩やかに広尾根を登ると立派なブナが林立する。早坂尾根よりも林相がよく、期待していなかっただけに得をした気分になる。ひと登りすると展望が開け、昨日たどった浅草岳からの尾根筋が見渡せる。さらに烏帽子、守門、黒姫の御三家が間近に居並んでいる。展望が素晴らしいと聞いていた、その通りだ。山頂南のポコから尾根は北に向かい、だだっぴろいスロープを上がって山頂へ。粟ヶ岳から青里、矢筈が居並ぶ下田山塊も姿をあらわす。ここが私たちの山旅の控えめな終着点なのだ。計画当初はもっと先まで行きたいと思っていたが、丸倉山はやってくる価値が十分にある山だった。

中の又山までの尾根筋を目で追ってみる。中の又と矢筈岳の間には真っ黒な毛無山。これらの山はマイナーながら意外と人気があり、多くは新潟側の289号線から日本平経由で登られているようだ。かつて沢の会に入った2005年の秋の集中が中の又だった。それまで沢登りはほとんど経験がなかったのにいきなりのことだった。その時は2泊3日の日程がとれずに1泊で赤崩沢往復となったのだが、まったく異界の世界が自分の生まれ故郷の奥にあることを知り、以来随分と資料を読んだりして妄想机上山行したものだった。と、また脱線。。。

 

 

ひとしきり山座同定を楽しんだあとはティータイムをとって山頂をあとにする。帰りは木の根山を通らず手前のゆるい沢筋を下って田代平の端にでた。下るにつれブナの大木が林立する素晴らしい森となり、思わず歓声をあげる。下の登山道を歩いただけではわからない森が広がっていた。中にはいち早く芽吹いた大木もある。うれしくて芽吹いた木を見つけては駆け寄ったりしてはしゃぐ。あと1週間もしたら森全体が淡い緑に包まれるのだろう。ああ、見てみたい。

 

木の根峠への道は雪で覆われ茫漠としているが、緩やかな起伏がつづくので適当に方向を定めて歩いて行くと一部だけ雪のない道があらわれた。ここでもまた、おおっと喜びの声。地形的に春が早いようで頭上のブナもここだけ芽吹いていた。変化があってとても楽しい散歩道だ。

テントに近づくと周りの木がかすかに芽吹いている。朝にはなかったので、きっと今日は芽吹きの日なのだといいながらポツンと一軒家の我がテントにもどった。

 

あとは五味沢林道を下るだけなのだが、まだ油断はできない。なにしろ急遽予定を変更して決めただけで何の情報も得ていないのだ。車道になっているくらいだからわかるだろうくらいの軽い気持ちだった。林道はカーブを繰り返すのでできるところはショートカットしながら進むと、かすかに単独の踏み跡があらわれた。意外だったが、これで歩いて下れることがわかり安心した。

ところどころデブリの散乱があったり急斜面のトラバースがあらわれるが、とくに悪いところはない。とはいえひたすら長い道のりだ。暑さにまいってすぐにザックを下ろしてしまう。眼下の破間川は恐ろしいほどの水量で轟々と流れている。下るにつれ新緑が鮮やかになっていく。二次林のブナが端正で美しい。写真で見た松之山の美人ブナ林みたいだ。

左沢まで下ったところで二俣の光景に唖然とする。真新しいコンクリート橋の先の斜面が土砂崩れのように剥がされ泥壁となっていた。橋を渡ると対岸の斜面も崩れている。泥壁を這い上がろうとすると液状化現象のようにずぶずぶと潜ってしまう。這い上がると靴は泥まみれだ。橋が再建される前は渡渉をしたらしい。もし橋がなければとても渡渉できる水量ではない。何とかなったけれど、やはり情報を確認していないコースに安易に変更すべきではないと反省したのだった。

小沢で泥を洗い流し、立派な車道を除雪地点まで下ると車が止まっていた。一般車は入れないところだ。きっとトレースの主に違いない、あの長い林道を登ってどこへ行ったのだろう。広い駐車場のある大自然館についたときには5時近くなっていた。ここで小出からタクシーを呼び浅草橋まで来てもらう。運転手さんと相談して小出駅近くの「こまみ」という日帰り温泉に運んでもらい3日間の汗をながした。とても親切なタクシーで、入浴後はオススメのそば処に行き、電車の時間に合わせて迎えに来てくれた。そんなわけで盛りだくさんのブナの山旅となったが、最後はちょっと贅沢をして気持良く帰路についたのだった。

 

登山口9:50ー山神杉11:15ー沼の平12:15ー1160m幕営地16:00//5:30ー浅草岳7:40/8:10ー遅沢左岸尾根分岐ー木の根峠15:15//5:40ー田代山ー丸倉山8:40/9:10ー木の根峠11:50/12:45ー(五味沢林道)大自然館17:00