ブナの沢旅ブナの沢旅
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2015.07.29
楢俣川洗ノ沢
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2015年7月29-30日

 

当初延期続きの足尾の沢を予定していた。歴史の痕跡を辿りながらの周回コースだが、栗原川林道が通行止めという情報を直前に入手した。今回は新しく調べる余裕がない。そこで数年前に日帰で途中まで遡行した楢俣川洗ノ沢を最後まで詰めて笠ヶ岳に登ることにした。

楢俣川には魅力的な沢がたくさんあるが、入渓までの長い林道歩きがネックになっている。その点、洗ノ沢はアプローチが楽で、難しい所もないナメのきれいな沢だ。前回の保呂内沢が予想以上にハードだったので、今回はゆったりとした沢旅がしたかった。

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奈良俣ダムゲート前にテント仮眠する。朝明るくなってわかったが、ゲートから先の林道が工事中だった。去年のちょうど今頃ヘイズル沢を遡行したが、その時の林道は荒れ放題で、林道の道幅全部が崩れ落ちていた所もあった。その後工事が始まり、崩壊地点の修復が行なわれていた。

林道を緩やかに登って行く。翌日下山路とする尾根取り付きの先にもう一つのゲートがあり、ここを乗り越えると道は下り坂となり、右手に洗ノ沢が近づく。前回と同じ地点から沢に下ろうとしたが、途中で斜面が崩壊して下れそうにない。少し上流の傾斜が緩んだところから沢に降りたところ、いつもの入渓点一帯は斜面がごっそりはぎ取られていた。最近はどこの沢へ入ってもこんな光景を目にする。

朝から気温が高く、ここまでで大汗をかいてしまった。しばらくは荒れ気味のゴーロが続くが、所々で水にたっぷり浸かると気持ちがいい。沢が右に曲がる所で最初の小滝があらわれる。Yさんは以前この小滝の釜でイワナ釣りを教えてもらい、25センチの初釣果を上げたのだという。そういえば前回もそんな話を聞いた記憶があるが、釣りはそれっきりになってしまったようだ。

小滝前の釜で沢床はゴーロから岩盤の発達したナメとなる。洗ノ沢にはかつて左岸沿いに森林軌道が敷かれていたことを読んでいたが(「奥利根の山と谷」)、その残骸である鉄のレールが落ちていた。

印象に残る2段8m滝とその上の4mナメ滝を気持ちよく越える。沢幅一杯に広がるナメは木漏れ日を浴びてきらめいている。ナメときどきナメ小滝の容相が続き、とても平和な光景だ。今度こそゆったりとした沢旅ができそうだと、このときは思っていた。

今回は新しい沢靴をはいた。ファイブテンがライセンスしなくなったため、ビブラムソールだ。ファイブテンのウォーターテニーはサイズが25センチからなので女性を想定していない。なぜ?店員から性能は多少劣るとは聞いていたが、やはり滑りやすい。Yさんは従来のアクアソールなので比べると、微妙に滑っている所では、アクアでは押し付ければフリクションが働くのに、ビブラムではあまり効かないのだ。

そのせいか、いつもはYさんより転ぶ回数が少ないのに、今回は逆転している。倒木がかかったトイ状滝ではヌメリがひどくて大苦戦。そのためビビリモードのスイッチが入ってしまい、まるで初心者をつれて歩いているようだなどと言われてしまう始末。

さて、翌日の長い行程を考えると時間のある初日に出来るだけ進んでおきたい。沢泊するパーティのほとんどが利用する1230mのテンバは確かに快適な場所だ。けれど我がパーティはあえてパスすることに。地形図から判断して1500mの二俣までは傾斜がゆるいので、テント一張り位は何とかなるだろうとの目論見だ。

「みんなのテンバ」では泊まらないが、ここでソーメンタイムを取ってくつろぐことにした。今年初めてどころか、去年はなぜかその機会を持たなかった。とくにYさんはすごく久しぶりで懐かしがっている。

遡行を再会するといきなり、きれいなナメが続く。ここからは前回遡行していないので予想以上のすばらしさに有頂天となる。まさに洗ノ沢のハイライトで、ヘイズル沢に勝るとも劣らない。

1280mで左岸から三ノ沢が入る。三ノ沢を詰めると咲倉沢ノ頭避難小屋の登山道に抜けられるようだ。少し進むと、今までの緩やかな傾斜のナメ滝とは異質の直瀑に近い滝があらわれる。記録によって高さはまちまちだが、1段の滝として見た場合で8m位だろうか。

ルートは右岸の岩壁に見えるが、洗ノ沢に来るようなパーティは頑張ってこういう滝を登りはしないのだろう。左岸にしっかりとした巻き道がついていた。滝上もしばらくはナメと小滝、多段滝がつづき、見栄えのする8m滝があらわれる。

右岸から越えると一旦渓相が平凡になり、ゴーロ川原があらわれる。そろそろテンバを物色し始めた矢先、沢から一段上がった所に畳二枚分ほどの平地を発見。草が生えていたが、明らかにここはテンバとして利用されている。小躍りしてザックをおろす。

2時に行動を終えるのは我が弱小パーティにとっては画期的。時間もあるので入念にテンバを広げ、川原で焚火の準備にいそしむ。こういう作業も楽しいアウトドアレジャーだ。今度は失敗しないようにと着火剤を持って来たが、焚き木はそれほど湿っていなかったので大丈夫だった。

これまで何度も楢俣川の沢を遡行しているが、なぜか真夏でも虫がいない。去年のヘイズル沢の時のようにテントを張らずにタープの下で寝ることにした。やはり開放感が違う。

今度こそゆったりとした沢旅をするのだからと、二人でたくさん食材を持ち込んだ。早くから宴会を始め、あたりが暗くなるころ店じまい。翌朝も焚火をしながら朝食をとるつもりだったので、コッヘル類はまとめて岩陰においたままシュラフにもぐった。

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夜中に雨音で目が覚めた。何度も雷鳴が聞こえたが遠いので心配はなかった。しばらく降り続き、雨が顔に当たるようになったのでテントを張った。そのうち雨がやんだ。雷雲が去ったと安心してふたたび眠りについた。

早い時間にかけていた目覚ましが鳴った。起きるとまた雨が降っていた。早立ちのつもりだったが雨がやむのを待つしかない。おとなしく横になって休んでいるうちに、飛行機の轟音のような地鳴りに気付いた。最初はそれほど気に留めなかったが、床に水が溜まり始めたので外に出てみた。そして目の前の光景に唖然となり、心臓がドキドキし始めた。

沢が姿を変え、目の前一杯に濁流となって怒り狂っている。焚火をした場所も食事をした場所も水没している。タープを張った場所にも迫っている。心底恐ろしかった。薄暗いため余計に不気味だった。

急いでテントをたたんで荷物をまとめ、いざという場合は目の前の斜面に取り付くことに決めた。そうこうしているうちに雨は小振りになり、これ以上の増水はなくなった。けれどとても行動できる状態ではない。

とりあえずは停滞して減水を待つことに決めた。最悪の場合は今日中に下山できないかもしれないが、稜線にでれば携帯が通じる。連絡が取れる。ここまで来た以上、稜線に抜けることが一番確かに思われた。こうなったら腹をくくるしかない。腹が減っては戦も出来ぬと、手もとに残ったもので食事をする。

そのうちに雨がやみ、鳥の鳴き声がした。希望のさえずりに感じられ嬉しかった。増水は相変わらずだが、見えなかった岩が見えてきた。減水が始まっていることは明らかだった。明るいうちの下山を想定して、いつまで待つことができるかを逆算すると9時から10時位だ。もう少し余裕がある。。。

雲の合間から青空が出始め、さらに気持ちを明るくしてくれた。なんとか焚火の場所までいけるほどの水量になったところでYさんが偵察すると、ガス一式だけは流されずに岩陰にひっかかっていて回収できた。

上流の様子はわからないが、8時半にとりあえず出発することにした。さっそく小滝の落ち口の徒渉でびくついた。スリングを繋げて確保しながらクリアする。CS4mから続く数メートル規模の連瀑帯は藪に入ってすべて巻いた。ちょっとした滝でも迫力があり、少し気持ちに余裕が出たあとは美しいとさえ思えた。

1500mの1:1の二俣からは沢幅が狭まり、水量が半減してホッとする。とはいえ普段は大岩ゴーロであろう沢は途切れることのない滝のようだ。困難なことはないが、時間がかかる。記録ではボサがうるさいとか藪っぽいなどと書かれていたが、私たちは手がかりがたくさんあって助かるといいながら進んだ。

1800mを越えた奥の二俣を左に入る。水流があるので窪という感じではない。しばらく進んで左手の笹原にぬけるとなんとなく踏み跡がある。キスゲが咲いている。このまま続けばいいのだが、いよいよ藪に突入する。短い間とはいえ手強いことに変わりはない。しだいに藪の背丈が低くなり、岩稜帯にでた。笠ヶ岳から南西に延びる尾根が岩稜の屏風のように立ちはだかっている。

振り返ると辿って来た洗ノ沢が深い森の谷間となって広がる。岩の間には花も見られるようになる。少し登った気持ちのいい岩の上でザックをおろし、休憩がてら靴を履き替える。少し霞がかっているが、早朝の降雨と大増水を乗り越えて来たと思うと、目の前の景色すべてがいとおしい。

もし昨日「みんなのテンバ」に泊まっていたら進むことは困難で、登山道に逃げただろうし、この景色を見ることは出来なかっただろう。そう思うとすべては神様の采配のようにさえ思えるのだった。

壁のように見える岩稜を直登して稜線にでた。今まで見えなかった至仏山方向の景色が広がり、ああ尾瀬の山に来たのだと思う。稜線の岩稜を登るとさらにお花畑がひろがり、鮮やかなピンクのナデシコが咲き乱れ、華やかさを添えている。

そしてようやくたどりついた笠ヶ岳。ひっそりとした山頂で、沢の美しさと恐ろしさを体験した沢旅を振り返り、自分たちの頑張りに静かな満足を覚えた。

下山に向かう登山道は長いけれど膝にやさしく歩きやすかった。顔をほてらせながら淡々と下り、明るいうちにゲート前に止めた車に戻ることができた。

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7月29日 奈良俣ダムゲート前6:35−入渓7:20/7:35−1230m11:20/12:20−1430mテンバ14:00
7月30日 テンバ8:30−1830m二俣−笠ヶ岳14:35/14:50−ゲート前19:05