ブナの沢旅ブナの沢旅
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2020.06.23
吉ヶ平〜八十里越〜入叶津
カテゴリー:縦走

2020年6月22-23日

電車が燕三条駅に近づくと弥彦山が見える。弥彦山は信濃川支流の中の口をはさんで故郷の町からもよく見えていた。小さい時の山といえば弥彦と護摩堂山(ゴマンド山と呼んでいた)で遠足にもよく行ったんだよと、仲間に話す。たぶんこちら方面に来るたびに毎回同じことを口にしているような気がするが、前にも聞いたよなんてことは言わないでいてくれる。たんに覚えていないのかもしれないが。

予約しておいたタクシーで吉ヶ平山荘へ向かう。運転手さんはアウトドア派の話好きで、現地に着くまでずっといろいろな話題を提供してくれたが、とてもゆっくり運転するので随分と時間がかかってしまった。一貫して法定制限速度を守っていたらしい。八十里を始め下田方面の山は地元よりも関東からの登山者が多く、よく山のことを知っていて教えてもらうこともあるとのこと。

タクシーを降りるや山荘にも立ち寄らず直ちに出発する。植林帯を進むと古い石標群があらわれる。文字はあまり読み取れなかったが明治20年代の年号が多い。明治23年に木ノ根峠から吉ヶ平にいたる新潟側の工事が完了して県道に編入されている時期と重なり、通行人数も増加していた中での安全祈願的なものだったのだろうか。

二年前の秋に八十里を歩いた後、予てから手に入れたいと思っていた「八十里越(国道二八九号)ー記録が語る歴史の道」を古本サイトで入手した。1979年に建設省新潟国道事務所が国道289号の改築に先立って八十里越の歴史と自然について行った調査報告書で、膨大な古文書資料を発掘整理。その口語訳もついているので素人でも興味深く読むことができる。つまみ読みしかしていないが、そんな情報を頭の片隅にいれて歩くと八十里越が単なるキャッチフレーズ的古道以上の意味合いをもってくる。

新潟側は登山道がよく整備されており、天保古道の標識が随所にでてくる。今回は雨生池と番屋山を回ってみようかと話していたが、いざ分岐にきて顔を見合わせ、どうする?300mも登って下るんだよ、ということであっさりとパスしてしまう。椿尾根は風通しのいい所で、いつもここで最初の休憩をする。

番屋乗越に近づくと樹肌の白いブナ林を見上げるようになりその美しさに足が止まる。番屋乗越から道は守門川側から尾根を回り込んで北/東側の展望が開ける。大谷ダムを眼下に、粟ヶ岳から矢筈岳の川内山塊が広がる。3箇所で新しい289号線の工事中の橋脚がよく見えた。4月下旬に一時中断していた工事の再開許可が出たというニュースをみたが、完成はいつになるやらという状態のようだ。

山腹を絡んで付けられた道なので、ところどころ崩壊して登山道が付け替えられている。足元が悪いところはトラロープがあるが草がおおいかぶさって秋よりも歩きにくい。道が下り始めるとブナ沢が近い。広尾根の斜面には一面ブナ林が広がり八十里越で好きなスポットの一つだ。ブナ沢の渡渉点は両岸の斜面の崩落で上流部分が堰き止め湖になった隘路にロープがかかっている。前回は水量が多くて靴を脱いだが今回は簡単に越えられた。

ここから高清水沢を渡るまでが前回も解りにくかった記憶はあったのだが、やはり次の枝沢を越える手前で道を失う。テープと踏み跡に惑わされて首を捻りながら進んだところ、先ほど渡渉したブナ沢の堰止湖上流が見えてきた。やはり間違ったことがわかり確かなところまで戻って仕切り直し。よく見れば、ちゃんと進むべき方向に道は続いている。ホッとすると同時にこんなことで間違うなんてとガックリ。高清水沢の横断点を見つける時にも少しうろついて「難所」を抜けたのだった。

すぐに空堀小屋跡に至る。前回は杭が打ち込まれ調査中の様相だったが自然に回帰していた。丸倉方面分岐の空堀の石標を過ぎるとブナの大木が林立する原生林となる。きっと昔の八十里はこんな雰囲気の道が続いていたのだろうなと思えるゆったりと原始的な様相が好ましい。とりわけ目に付く大木と少し奥まったところに佇むツインブナに足を止め見上げたり撫でたり。樹林越しに烏帽子山のギザギザが見えてくると今宵の宿、殿様清水だ。少し草刈りをしてツェルトを張る。今シーズンからはさらなる軽量化のため自立式ツェルトに切り替えた。雨が降りだしたので焚き火は諦めたが、途中の道迷いを反省しながらも楽しく美味しく食事をとって一日を終えた。

 

 

 

 

 

 

早立ちを心がけ5時前に出発。朝露の小径を緩やかに登って雪渓の残骸に土が乗った斜面をトラバースしていくと965mの鞍掛峠にいたる。1000mに満たないが八十里越の最高標高点だ。いかにも古の峠道という雰囲気がただよい、好きな場所だ。東側に張り出している尾根を少したどれば田代山に続いているのだなあ。昨年五月の残雪期に田代山から鳥越峠に下って丸倉山まで足を延ばしたことがまだ記憶に新しい。残雪期の鞍掛峠はどんな姿をしているのか見てみたいと思う。

鞍掛峠から道は破間川側の南面の展望となる。正面には黒姫がゆったりどっしりとした姿をあらわし、その奥に守門の峰々が続く。左手には浅草岳の展望が広がり、一気に眺めがよくなる。屈曲点の小松横手から道は東に向きをかえて急斜面の細いトラバース道となり田代平へと下る。ミズバショウの季節は終わり、花の端境期なのか緑の草地となっていた。乾燥が進んであまり花は咲かないのだろうか。朽ち果てた木道を奥へ進んで休憩する。ガスで山並みは見えなくなってしまった。

五味沢林道に抜けて木ノ根峠へ向かう。しばらくは歩き易いブナの道だったが峠に近づいたところで崩壊地に突き当たり道が判然としなくなる。ここでも少しうろついてしまったが、間違ってはいなかった。登山道が崩れてしまい悪路になっていたのだった。ようやく抜けて木ノ根峠に着いた時はヤレヤレと一息つく。ここで八十里越の新道と古道が交わるのだが、古道入口の朽ち果てた木標が示す尾根は完全に藪に覆われている。去年の残雪期、浅草岳から長坂尾根を下り、ヤブのポコを幾つも越えて木ノ根峠に降り立った時、雪のある峠の姿が全く違ってあっけらかんとしていて驚いたのだが、やはり緑の季節のシットリ落ち着いた姿の方が峠らしい。

このころから空に青空が広がる。もうちょっと早ければよかったのにと思うが、しばらくは木漏れ日の快適なブナの道を気持ちよく進む。何度も小沢を横切るたびに足元の悪い上り下りがあるが、これまでのように迷うことはないので気楽だ。前回古道の石積み発掘作業が行われていた所は綺麗に石積みが復元されていた。いまでも三条と只見の共同作業で八十里の歴史古道整備作業が続けられているらしい。

さらに2、3箇所の沢を越えるとジグザグに降り始め最後は電柱だけの味気ない国道にでた。さらにここから5キロほど車道を淡々と歩いて浅草岳登山口へ。靴もズボンもザックも泥だらけ。沢よりも汚れたと騒ぎながら水場で全てを洗い流す。靴はびしょ濡れだ。おかしなことにここで使用しなかった乾いた沢靴にはきかえ、木陰で予想外の難路ハイキングの余韻に浸りながら迎えのタクシーを待った。

 

 

 

 

 

 

 

吉ヶ平9:30ー椿尾根10:45ー番屋乗越12:20ーブナ沢14:15ー(この間3、40分のロスタイム)ー殿様清水16:40//4:50ー鞍掛峠5:40ー田代平7:10ー木ノ根峠8:40ー松ヶ崎9:40ー国道12:25ー浅草岳登山口13:40