ブナの沢旅ブナの沢旅
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2019.12.07
二十六夜山〜赤鞍ヶ岳
カテゴリー:備忘録

2019年12月4日

雪山始めにはまだ早い時節がら、しばらくは陽だまりハイキングを楽しむのが恒例となっている。最近は遠出やテント泊ができないかわりに、まだ行った事のない知らない山を選ぶようにしている。それで前回はちょっとがっかりさせられたのだが、今回はどうだろうかと、以前から山名が気になっていた山梨県の二十六夜山から赤鞍ヶ岳まで足を延ばしてみた。

二十六夜。古くからある月待ち信仰の慣習で、旧暦の正月と7月26日の夜の月光で阿弥陀、観音、勢至の三尊を拝むと平素の願いが叶うと信じられており、人々が飲食を共にしながら月の出を待ったとのこと。江戸から明治にかけて盛んだった慣習らしい。この山域ではそうした月待信仰が盛んだったのだろうか。あわせて住民の娯楽でもあったのかもしれない。などあれこれ想像しながらの山歩き。

バスの本数が少ないため大月からレンタカーを利用し、長いけれど一番緩やかそうな尾崎集落の登山口から登る。登り始めは少し荒れ気味の沢沿いの植林帯だが、尾根にのると明るい雑木林となり紅葉の名残がみられた。そうそう、冬の陽だまりハイキングはこうでなくっちゃと、のんびり気持ちのいい山道を緩やかに登っていく。するとなにやらどぎつい赤ペンキの看板が脇に置かれている。見ると「リニアは山の神の怨霊を知れ 山の民より」と書かれている。色めきだって足が止まり、あれこれリニア問題について仲間と話し込む。

地図をみると、これから歩く方向にリニア線が通っている。山頂手前の広い台地状の尾根には二十六夜と書かれた石標が立ち明治22年とある。この広場で月待ちパーティをしたのだろうか。尾根から少し外れたポコが山頂だ。真新しいきれいな標識があり、山梨百名山と書かれていた。そういえば年初に歩いた棚横手山もそうだった。何も知らずに偶然だけれど、2019年は山梨百名山で明け暮れしたことになる、のか。山自体は特に展望があるわけでもない1000mに満たない山で山梨百名山?と思わないわけでもないが、山名に思いを馳せれば味わい深さが滲みでてくるのだろう。

 

 

三日月峠というすてきな名前の峠はどんなところかと行けば、狭くて痩せたT字路のようだった。里山の人たちはロマンチストだなと思いながら棚ノ入山をへて赤鞍ヶ岳へ向かう。途中2箇所ほど崩壊地を通過すると傾斜がきつくなるがほんの少しの辛抱だ。標高を上げるとブナの二次林となる。かなり細いので伐採はそう遠くない時期まで行われていた印象だ。それでも山頂に近づくと伐採されなかったブナの大木もちゃんとある。

山頂は広い平坦地だが展望はほとんどなく、葉の落ちた枝の隙間からちょっとだけあの山が見える。でも開けてとても気持ちの良いところで、御坂の三国山を広くしたような雰囲気だ。赤鞍ヶ岳は道志側では朝日山と呼ばれているらしく、山名が二つ書かれていた。今回はここで引き返すが、いつか今倉山まで歩いてもう一つの二十六夜山にも行ってみたい。

広場のような山頂脇のブナに近寄ると針金が巻かれた倒木があった。落ち葉で下はほとんど見えなかったがストックで落ち葉をどけると木版がくくりつけられ何やら文字も見える。興味がてら掘り起こすと、なんと地面に埋もれていた表側に手書きで「赤鞍ヶ岳」と書かれていた。とても雰囲気のある山名標識だ。愛好家が手書きで立てかけたものが倒れて埋もれていたのだろう。急遽、救出作戦と銘打って倒木を起こし表面の泥と落ち葉を払いブナの割れ目に挟み立てかけた。しっかりはまったので多分しばらくは大丈夫だろう。なんだか一仕事をしたようで気分がいい。

 

 

下山は、これまたネーミングに惹かれる雛鶴峠に降りたかったが、長い車道歩きで時間切れとなりそうなため、今回は諦めて無生野に下る。雛鶴峠との分岐であるサンショ平から北に派生する尾根コースは標識の説明書きではバリエーションとのことだが、随所にテーピングが施されていて迷うことはなかった。けれどズルズルの急斜面がつづいたため途中からはチェーンアイゼンを使った。渡渉して車道終点に乗り上げ、あとはてくてく長い車道歩きで尾崎集会所の駐車広場へもどった。途中には二十三夜の石碑と古いお地蔵さんが祀られていたので、二十六夜だけでなく、月待ち行事がいくつか存在していたのだろう。

少し里の風俗習慣を知るだけで小さな山にも親しみがわくことを実感できた山歩きとなった。そして味わいのある赤鞍ヶ岳の山名標識を救出できたことが嬉しかった。

 

尾崎集会所9:00ー二十六夜山10:15/10:30ー赤鞍ヶ岳12:15/12:45ー無生野14:40ー尾崎集会所15:20