ブナの沢旅ブナの沢旅
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2017.11.02
吉ヶ平〜八十里越〜入叶津
カテゴリー:備忘録

2017年11月1-2日

 

10月は自分にとってはある意味節目となる大事な行事があったため気持ちが山から離れていた。ようやく一段落して余裕ができたので、のんびりと慰労の山旅がしたかった。本来なら沢納めの時期なのだが、肩を痛めたため重いザックの沢登りはさすがにきびしい。東北は天気があまりよくないのであれこれ考えた末、越後から会津へ抜ける八十里越を思い立った。そういえば、10年前の新緑の時期に歩いた時、次回は紅葉の時期に山中泊でゆっくりと歩きたいと思ったのだった。ようやくその思いを実現させた。

前回は夜行列車ムーンライト越後を利用したが、それはもうしんどい。2日の日程なので当日発とし、燕三条からタクシーで八十里越の始点である吉ヶ平山荘へ向かった。タクシー代は1万円を少し超えたが、残された限られた時間はお金には代えがたい。最近はますますその気持ちが強くなっている。

情報は得ていたが、吉ヶ平山荘は建て替えられていて山荘の周囲も整備され、ちょっとしたリゾートエリアになっていた。新しい山荘はきれいだけれど、以前の廃校になった校舎はとても味わい深かった。なくなってしまったことを残念に思うが、それは管理に関わらない外者の勝手なノスタルジアなのだろう。

 

登山道は仮払いがされていて以前より歩きやすくなっていた。八十里越の取り付きにはいくつかルートがあったようで、地元で天保古道を復活させる作業が行われていた。現在の登山道は所々急斜面を直登するように付けられているが、もともとは多くの人や牛馬が通った道なので緩やかなのだ。新しい標識がいくつか建てられていた。

落葉が始まっている木々の間から、積雪期に巨大な雪庇となる守門岳の硫黄沢源頭の雪で覆われた岩壁を見渡す。なかなかの迫力だ。時々新しく切り開かれた天保古道をたどりながら椿尾根に乗る。眼下は見渡す限りの紅葉だが、曇りがちな空のため今ひとつ色彩にかける。ここからしばらく山腹のところどころ崩壊しているトラバースが続き気が休まらない。

山ノ神を過ぎると道幅も広がり、細いながらブナ林が広がる。890mの番屋乗越は広い平坦地となっていてかつて茶屋でもあったのかしらと思わせる。(前回は雪で覆われていた)ここから山道は尾根の反対側に進み、新しい景色があらわれる。行く手には烏帽子山の鋭鋒とその先に続くなだらかな台地状の尾根が見える。北にみえるのは笠堀や大谷ダムのようだ。

概ね歩きやすい山腹道を進むと次第に緩やかな下りとなり、すばらしいブナの森が広がる。新緑の時も美しかったけれど、黄金の輝きに似た紅葉も見事だ。嬉しいことに、ちょうど太陽が薄い雲の間から姿をあらわしてくれ、まるで私たちを歓迎してくれたようだ。前回と違ってブナ平の広がりが見渡せるのが秋の良さだと思った。ブナの大木群に近寄り、ザックを下ろしてコーヒータイム。とても幸せなひと時をすごす。ここが八十里越前半のハイライトであることは間違いない。

 

小さな枝沢を越え、さらに続く見事なブナ林の道を行くとブナ沢へ降り立つ。沢の両岸の斜面はごっそり崩壊しており、上流部は堰き止め湖のようになっていた。渡渉点にはロープがはられていたが、水量が多いためここで靴を脱いだ。荒れた登山道を登り返し、川原状の高清水沢を渡る。すぐに空堀小屋跡の石標があらわれる。あたりの草木は全て刈り取られ何本も杭が打たれていて何かの作業が始まるような気配だ。(翌日事情が判明する)

 

以前の姿を覚えているので殺伐とした雰囲気だ。そそくさと通りすぎると再びブナ林の穏やかな道となる。この辺りは人の手が入っていない様子でブナの大木が多い。前回写真を撮った大木はすぐにわかった。落葉していたので孤高のブナのようで、背後には烏帽子山も見える。季節によって見え方が全く違うことをここでも実感する。

そろそろ時間も気になり始めるころ、予定していたテンバの殿様清水へ。登山道わきに小川が流れ、岩の下から水が湧き出しているところだ。前回の記憶だけが頼りだったので、もし涸れていたらどうしようと少し心配もしたが変わりはなかった。

さっそく手分けしていつもの作業に精をだす。これまで無雪期にテントを張る時はいつも沢旅だった。山旅のテント泊は初めてだったが、近くに沢があるこういう山旅もいいものだと思う。沢のように濡れていないし泥だらけということもないので、とても快適なのだ。前日まで雨だったため火を熾すのに少し手間取ったが、一心に焚き火に向き合うことも楽しみの一つ。今回は故障者のため食料はほとんど人任せにしてしまったが、たくさん用意してもらいありがたかった。

 

翌日は朝から天気がいい。殿様清水からは烏帽子山の岩峰を巻くようにトラバースする。前回急斜面の雪渓で覆われていて緊張したところだが、なんということのない山道だった。鞍掛峠を越えると再び景色が変わり、黒姫山とその奥に守門の袴腰が端正な姿を見せる。破間川源頭に落ちるなだらかな尾根に目を向け、雪のある時に下ってみたいと思う。

登山道は道幅も広く、何度も小さな沢を横切るのでいたる所テンバ適地といった感じだ。小松横手の石標があるところは展望がことさらよく、正面には浅草岳も大きく裾野を広げて見える。

しばらくは展望の開けた草地のトラバース道となり、田代平へ降り立つ。あたりの山はそれほど標高は高くないのにすっかり落葉していて、地形によって紅葉の時期もずいぶん違う印象を受ける。朽ち果てた木道を進んで奥へ入ってみる。かなり乾燥が進んでいるようで、以前より低潅木帯が広がっているようだ。水辺の乾いた木道でザックをおろし一休み。誰もいない静かな広い空間の真ん中にいる贅沢を感じる。

五味沢林道を少し歩いて大白川への分岐から木ノ根峠へ向かう。峠には二つの石標が向かい合っており、一つは八十里峠とある。背後の斜面には八十里古道入口と書かれた古い木板が、落葉に埋もれていた。テープもある。斜面をよじ登ってみるが、ほとんど藪になっていた。そういえば以前、沼の平から大三本沢を越えてつづく古道の探索記録を読んだことを思い出す。藪の薄くなる晩秋に大変苦労して踏破しており、途中には人の手になる石積のようなものも発見していた。古い木板はその時据えられたものなのだろうか。興味はつきない。

峠から先は明治になってから開かれた新道とのことで、部分的に崩壊が進んでいるが車も通れるほどの広い道幅だ。標高が下がるにつれ紅葉も鮮やかさをましていく。しばらく進むとなんと人の気配。それも数人の人が作業をしていた。聞けば只見町など関係する町村が共同で八十里越の調査、整備を始めたとのことで、足元の古い石垣を掘り起こしていた。昨日通過した空堀小屋跡も調査中とのことで、杭打ちなどの作業もそのためのようだ。

再び展望が開けると小さな石の祠と松の木が目印の松ヶ崎だ。遠くに中の又山が見える。残雪期にあの山までの稜線を歩いてみたいという10年越しのプランはまだ実現していない。しだいに道がぬかるんでくるが、落ち葉に覆われているのでそれほどひどいことにはならなかった。

何度も沢を渡るのだが、沢に下る箇所がほとんど崩壊している。トラロープがかけられ危ないことはないが、その度に厄介であり、肩に負担をかけないように下って登るを繰り返すものだから時間がかかる。前回渡渉に手間取った名香沢は、五つほどの小さい釜とスラブ滝が連続する綺麗な沢だ。

ぬかるみの悪路から解放されるとふたたび道幅の広い快適なブナの道となり、最後は急斜面の尾根を九十九折に下って国道にでた。ただ、前回あった八十里越入り口の石標がなくなっていた。なんとなく味気ないフィナーレとなったが、無事に歩き通せたことを素直によろこぶ。ここからさらに携帯が通じる浅草岳登山口近くまで5キロの道のりをテクテク歩き、タクシーを呼んで只見町の日帰り温泉に向かった。

 

 

吉ヶ平9:30ー椿尾根11:00/11:15ー番屋乗越12:25/12:40ーブナ沢14:20/14:50ー空堀小屋跡ー殿様清水15:50//7:00ー鞍掛峠7:50/8:00ー田代平9:20/10:00ー木ノ根峠10:45/11:00ー松ヶ崎12:10ー国道14:45