オオカミに捕まった週末

山に行くつもりで用意していたのに、前夜オオカミに囚われてしまい翌日の山をすっぽらかしてしまった。当事者は本人だけなので人に迷惑をかけたわけではないが、なんのこっちゃ・・・小倉美恵子著「オオカミの護符」を読み始めたら引き込まれてしまい、ハイキングの時間が惜しくなったのだ。

川崎市宮前区にある土橋の古い農家で生まれ育った筆者が、自宅の土蔵に貼られていた「黒い獣の護符」に疑問を持つところから話が始まる。祖父母はその獣をオイヌさまと呼んでいたという。そして謎解きのような過程をへて「武蔵国」に広がっていたオオカミ信仰にたどり着く。

舞台は三峰神社や御岳山の御嶽神社へと広がる。奥多摩から奥秩父一帯にはかつてニホンオオカミが棲息しており、オオカミ信仰と符号する。また、三峰神領のお百姓は多くが和名倉山に畑を持ち、出作りと呼ばれる焼き畑を行っていたという。痩せた土地で作物を確保しなければならない山の暮らしでは、古来から焼畑は重要な農法だった。そしてオオカミは、イノシシやシカなどの獣から作物を「守ってくれる」ありがたい存在だったのだろう。そういえば、狼はけものへんに良いと書くよなあと、はじめて意識した。

今年の正月に、宮崎県椎葉村で今でも焼畑農を営んでいる、くみこおばばの1年を追ったドキュメント番組の記憶が新しい。今でも焼畑が行われていることに驚き、千年来変らない山の暮らしぶりに感動をおぼえた。同時に、せっかく実った作物が一夜にしてイノシシや鹿に食べられてしまう現実も写しだされた。

三峰神社の護符は猪鹿除け目的で発行されたのが最初だったという。西洋では悪者のイメージが定着しているオオカミだが、日本ではとくに山で暮らしてきた人々には神と祀りあがめられてきたのだ。

なぜか昨年はフクジュソウのオオドッケから始まり、浦山の冠岩沢、秋には市ノ沢から和名倉山、長沢背稜と、まさに「武蔵国」のニホンオオカミの生息地を歩いたのだと思うと訴える力も増してくる。ぐいぐい引き込まれていたところ、たまたま昨日の夜、NHKのETV特集で「見狼記~神獣ニホンオオカミ」という番組が放映された。山の暮らしを守った見えない力としてオオカミ信仰が紹介されると同時に、現代にオオカミをよみがえらせようとしている人たち、山でオオカミを見たという目撃者の証言などが紹介された。

その真偽はさておき、目撃情報は飛竜山や浦山川周辺に集中していた。ここで再び、そういえばと、荒沢谷に狼谷という名前の支流があることを思いだした。ガイド本には「狼の棲息が伝えられるロマンあふれる谷」と紹介されている。これまで気にとめなかったが、ようやくその意味がわかった気がした。

すべてが断片的で皮相的な理解だが、山・自然と人とオオカミの関係を少し知ることができた。これから奥多摩や奥秩父の山をもっと深く感じられそうな気がする。山には行かなかったけれど、山のおかげで広がる世界をまたひとつ感じることができた週末となった。そして、いつか荒沢谷狼谷を歩いてみたいと、またまた妄想がふくらんだのだった。

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