ブナの沢旅ブナの沢旅
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カテゴリー:雑記帳
2018.08.11
山の日に「山を思う」を読む

著作権の切れた作品をインターネットで公開している「青空文庫」には、山に関する作品も多数公開されています。私も、何年か前に木暮理太郎の「山の憶い出」上・下に収録の55作品を入力して青空文庫のボランティアデビューをしています。読んだことがあるという方もいらっしゃるかもしれませんね。

今回は、石川欣一の「山を思う」(山渓山岳新書)が公開されました。ジャーナリストの石川欣一(はバリバリの岳人とは違うのであまり馴染みがないかと思いますが、趣味の登山で数多くのエッセイを残しており、飄々とした人柄を思わせる、今読んでも古臭さを感じさせない軽快な文体が私のお気に入りなのです。山岳著作には、他に「可愛い山」(白水社1987年6月)も公開されています。

没後50年間の著作権保護期間が切れているわけですから当然古い時代の作品です。だからこそ、今振り返ってみて興味深いエッセイも多いのです。たとえば、清水トンネルが建設されているころの土合周辺の状況や、トンネル建設と山の関係など、普段よく訪れる場所だけに面白かったです。ちなみにその部分を、長い長い地下階段を下りながら紹介してみましょう。

清水隧道

(上)
先ず第一に数字をあげる。清水隧道は六百五十万円の工費を投じ大正十一年の夏から着手したもの、総延長が三万一千八百三十一呎八、これは九七〇二米に当る。こゝに世界の主な隧道所在地や長さを列記して見ると(単位米)
シンプロン(アルプス)    一九、七三〇
サン・ゴタルド(同)     一四、九九〇
レッチベルグ(同)      一四、六〇六
アプリ水道(アペニン)    一二、七三〇
モン・スニ(西アルプス)   一二、二三三
アールベルグ(墺)      一〇、二七〇
リッケン(スイス)       八、六〇三

という具合だから、清水隧道はアールベルグとリッケンとの間に入り、世男第七位、アプリを除けば第六位になる。現在日本で一番長い笹子隧道は四六五六米で第廿五位、生駒山は三三八〇米で第丗六位、また難工事で有名な丹那は七八〇七米、出来上れば七米の差でフランスのピレネーの上に位し、清水、アプリを入れて世界で十五番目のトンネルになる。

このトンネルが出来て、上越南北両線が結びつくようになると、現在信越線による上野長岡間の距離が約六十マイル短縮される。と同時に信越線は海面上最高基面高が軽井沢三〇八六・四四呎であるのに、上越線は土合土樽間の二二三〇・七八呎で、その最急勾配に非常な差があるから、線路換算延長は上越線において百六十四マイルの逓減を見ることになる。この他、こまかい数字を羅列すればきりが無いが、この位にしておこう。トンネルの両端にそれぞれ一つづつのループがある。そしてその各々が二個のトンネルから出来上っている。突然ループといってはわからぬ人もあるかも知れぬが、これはレヴェルの著しく異なる点へ出る一つの方法で、俵藤太に退治された百足のように、山をくるりと一巻きまき、より上方の地点で今来た線路の上に出るのである。現在では鹿児島線に大きなのがあるが、今度はこれが二つ出来る。またトンネルは、北線に現在の終点越後湯沢からトンネル入口の土樽信号所まで約九マイルの間に二つ(ループをなすもの)南線には水上駅から土合信号所まで約七マイルの間にループをなすトンネル以外に二つある。

はじめ東京鉄道事務所の好意になる地図を見た時、湯沢の方のこのトンネルループの存在理由が了解出来なかった。湯沢から中里を経て土樽信号所まで、魚野川の相当に広い平地で極めてゆるい上りであるにも拘らず、線路は正面山の麓の平沢部落まで来て急に東へ折れ、この平地を横断して魚野川の流域の右の山裾を走り、中里の部落から再び川を越し、松川第二トンネルで用もない山のどてっ腹にもぐり込み、ループをなして松川第一トンネルに出現し、三度魚野川を越して土樽へ行っている。真っすぐに行ってしまったらよさそうな物をと思ったが、三国峠を越して湯沢へ行き、軽便鉄道――それは魚野川に沿って、いわゆる真っすぐに走っている――の窓から工事を眺めながら土樽まで行って来て、さて改めて工事中の線路を朱で書き込んだ地図を見るに至って、はじめてこの疑問が氷解した。即ち線路は平沢から松川まで、正面山東側の急な斜面からの雪崩を避けて東方へ逃げ、土樽信号所と近いレヴェルに達するために松川第二トンネルでループをなし、再び雪崩を避けるため松川第一トンネルで山の裾を抜け、恐ろしく高い鉄橋で魚野川を渡って一直線に土樽へ向っているのである。このような例は諸所にあるだろう。気がつかずに走ってしまえばそれまでの事だが、また専門家の眼からは当然のことだろうが、素人はこんなことに気がついて、ちよっといゝ気持になる。

(下)
上越の国境には相当に高い山が並んでいる――と、こう書いていわゆる微苦笑をもらした。高い山脈があるからこそ、それが国境になったのだ。それはとにかく、西南方の稲包山から東北方の朝日岳にいたる山脈中の、最も低い場所を求めて、人が山越をしたのは当然のことである。然し山の横腹に穴をあけるとなれば、山の高低は敢て問う所ではない。かくて清水隧道は一九七八米の茂倉岳の直下を、遠慮会釈もなく一直線につらぬいているのである。だが何ゆえ、特にこゝを選んだのか。

廿七日朝、水上まで汽車、そこから自動車みたいにガソリンで動く軽便鉄道で土合の建設事務所へ着いて、次席技師の内田氏にあった時、この点を質問した。すると、それには色々技術上の問題もあるが、何はとまれ、土合、土樽間が四点で見通しのつくことが、この上もない強みだとのことであった。即ち土合の信号所から茂倉岳の頂上が見え、頂上から山中のある一点が見え、そこからは土樽信号所が見下せるという。これは一つの啓示であった。

所で、土合へ来て驚いたのは、狭い谷を埋めつくした家である。湯檜曾にも鉄道関係の人は多数いるが、これは昔ながらの部落であった。しかるに土合は大正十一年この工事がはじまるまでは、人家とて碌にありはしなかったのが、いまでは二千人ばかりが集っていて、病院、学校、倶楽部等があり、この附近では最も文化的設備がとゝのっているのだが、さて隧道が貫通すると、あとには信号所が残るだけで、またもとの山猿の遊び場になってしまう。これは土樽とても全く同様である。

思いがけなかっただけに面白かったのは、糞尿焼却装置である。いさゝか話が尾籠になるが、これだけの人類の糞尿が、狭い湯檜曾川へ流れ込んだ日には、岩魚ややまめばかりでなく、下流に住む人々までが、とても生きてはいられまい。そこでゴ式焼却器という、大きな釜をそなえつけ、すべてこゝで処分してしまう。

学校は先生三人に生徒百六十五人の複式教育。生徒は日本中から来ていて、朝鮮人の子供も多い。教室に電燈が下っているので、夜学でもするのかと思ったがそうではなく、冬は屋根まで雪に埋ってしまうので、こういう設備がしてあるとのことであった。高等科の子供は湯檜曾へ通うのだが、トロッコなので、一つには工事中の岩石等が飛んで来るのを防ぐため、頑丈な金網が張ってあり、子供達は鶏みたいにその中に入って学校へ行く。越後側の土樽も、先生、生徒の数は偶然ながら土合のと殆んど同じである。

内田さんの案内で隧道の一番奥まで、約一万四千尺入って見た。途中坑口から九千尺ばかりの所で、素敵な勢いで水がふき出している。大正十五年十一月、こゝまで掘って来て断層に逢い、猛烈な噴水のために工事を中止して別に九千呎に近い排水隧道をつくった。今隧道入口の左手に盛んに水を吐き出しているのがそれである。

隧道の一番奥の光景は、物凄いものであった。六名の鑿岩夫、六名の「さき手」以下数名が濛々たる岩粉、轟々たる音響の中で鑿岩機を使用して、固い岩に穴をあけると、その後ではマイヤーホーレーが不気味な恰好で岩屑をすくい上げる。二尺乃至二尺五寸間隔で五尺ほどの深さに四個穴をあけ(これを真ヌキという)その周囲に廿四個小さいのをあけると、ダイナマイトを填めて先ず真ヌキを爆破させ、丗秒位してから周囲の廿四を同時に爆破させる。そこで坑内の空気を吸い出し、新鮮な空気を送り、あらためて鑿岩機の活動がはじまる。たゞ今のところ現場交代で四交代、昼夜兼行、工事を急いでいる。

一時間ばかりいて坑外へ出たら夏の日ざしに目がくらんだ。事務所の前に給料をもらう人達が列をつくっている。ふと、今日はわが社でも月給と上半期のボーナスとが出る日だなと思った。

もっと読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/001380/files/50461_65464.html

 



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2018.07.16
東黒沢〜ウツボギ沢左俣遡行雑感

連日の猛暑で早くも夏バテ気味。ゆったり納涼沢歩きと焚き火をしてリゾート気分を味わおうと、近くて良い沢の東黒沢からウツボギ沢へ行ってきました。ネックは下山路の白毛門なのですが、その欠点を補って余りある良さがあるので、致し方なしです。

6月末に谷川岳から縦走してナルミズ沢やウツボギ沢の雪渓状況を稜線から確認した限りでは、ウツボギ沢はもう大丈夫。8年前は軽いザックで日帰り遡行しているところです。あらためて昔の記録を読むと、難しくなくて沢のいいとこ取り満載の沢だと絶賛していました。今回は沢泊2日を使うのですから楽勝と思ったのですが。。。

それほど余裕がなかったのには、ちょっとショックでした。ザックが重いとか、沢が滑っていたとか、言い訳してもそれだけでは説明がつかないわけで、やっぱり体力とバランスの低下なのでしょう。でも、東黒沢では久しぶりに沢ソーメンをしてくつろいだし、ウツボギ沢出合のテンバでは小さいながら焚き火で美味しい食事ができたので、結果オーライです。それにしても超人気のナルミズ沢出合のキャンプ場のようなテンバには枯れ木がほとんどなく、ナルミズ沢を少し進んだ登山道に入ってなんとかかき集めた次第です。これから泊まる人はどうするのだろうと思ってしまいました。

一つショックだったのは、東黒沢のかつては泳ぐほどの瀞が年々浅くなってはいたものの、今年目にしたのは倒木で完全に埋まってしまった無残な姿でした。また1000mを超えてからは荒れ模様で気分的に疲れてしまいました。

ウツボギ沢はまだ健全でしたけれど、やはり滑っていましたね。そんなこんなで白毛門についたのは日帰りの時とそれほど変わらない時間でした。さすがに沢中は涼しくて快適だったけれど、はやり暑さにやられ、這々の体で下山。東黒沢で思いっきり水浴びして生気を取り戻し、もうゴメンだ〜といいながら帰路についたのですが、ゲンキンなもので、もうそんなことも忘れてしまいました。やっぱり山って不思議です。

 

 

 



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2018.07.11
Back to the basics @葛葉川本谷

一番最初に行った沢が葛葉川本谷でした。最初のドキドキはすぐにワクワクに変わり、ただひたすら楽しかった記憶しかありません。それは山歩きを初めてすぐに単独の限界を感じて山の会に入った直後のことでした。いっぺんに沢に魅せられて翌年には沢の会に移り、しだいに自分のやりたい沢登りの形がはっきりしてきました。物理的な制約があって会に行きにくくなり、次第に自分で計画していくようになり、会をやめてよちよち歩きの「ブナの沢旅」を始めたのでした。

って、いきなり話がそれましたが、葛葉川というとそんな思い出があるのです。短い沢ですが、たくさん登れる滝やちょっと頑張る滝が続く超がつく初心者に人気の沢だということは言うまでもありません。単独でも何度か遡行しているほど気に入っている沢です。沢旅の要素はないのですが、トレーニングとして、暑い時の水遊びとして、うってつけです。

行ったのは7月初めですが、あれから西日本の集中豪雨が発生し、甚大な被害状況が連日報道されています。そんな中で沢の計画を立てたり記録を書いたりする気力が失せていたのですが、ようやく重い腰を上げた次第。

現在トップページのリニューアル作業をやっている最中(といっても、知り合いに頼んでのこと)なので、記録更新は完了後におこないます。今回は雑記帳に簡単に、と思ったら元来おしゃべりなので、書き出したら沢初めの由来にまでさかのぼってしまいました。。。

最近は体力とともにバランスも悪くなっているため、以前より沢がこわく感じるのですよね。だから今回も慣れ親しんだ葛葉で避暑を兼ねたトレーニングをして水に慣れよう(いまさらですが。。)というわけです。そこでいつもはささっと巻いて避けていたシャワー必須のF1を登ろうということに。もちろんトップロープつきで。。

F1だけでなく水に積極的に入って久しぶりに随分と濡れて気持ち良かった。このくらいの沢がいいとしみじみ思ったりもして。だからback to the basics の心境なのです。

ほぼいつも通りに進んで終了点についたのですが、小尾根に乗るところが年々崩壊して土壁のようにいやらしくなっています。あそこが核心だなあなどと思っていたところ少し先にテープがあって、こちらですよ〜と指し示している新しい踏み跡がありました。よくわからないけれど、こちらに入ることにしたところ、途中で多少コースがずれたようで、遠回りして植林帯の作業道に合流。情けない気もしたけれど、まあ違う景色がみられたからよしとして大倉に下山しました。

 

 

 

入渓10:30-登山道14:30

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2018.06.30
これが本当の馬蹄形縦走@谷川連峰

こんな表題をつけて、従来知られている「谷川馬蹄形縦走路」とは一味違うルートなのかと期待させてしまったら、ごめんなさい。でも屁理屈をいえば、土合から登ってぐるっと回って土合に下山したのでは、馬蹄形にならないじゃないですか。馬蹄形というのはラフにいえば楕円形の底辺があいている形をいいます。だから、今回の縦走路は、文字通りの馬蹄形、つまり天神平から出発して土合に下ったというわけです。なあ〜んだ、ですよね。おまけに、今回はテント泊ではなく小屋泊りです。もう、こだわっていたら縦走などできないのです。

今サッカーのワールドカップで日本が2大会ぶりに決勝進出したということで日本中が大騒ぎしています。わたしもポーランド戦をハラハラしながら観ました。1-0で負けていてもうダメかと思っていたら同じ組のコロンビア対セルビア戦でコロンビアが先制点をあげ、情勢が変わりました。西野監督は決勝進出を優先させて、時間稼ぎの不甲斐ない試合運び戦術で負けながら目的を達成する道を選びました。

話がそれてしまったけれど、つまり目的達成のために(ルールを守りながらも)手段を選ばないという考え方をどうとらえるかということです。山登りごときに、えらく大業なものいいですけれど、自分の中ではそれくらいの気持ちを感じたわけでした。

山歩きをしている人なら誰でも一度は歩くコースだというのがよくわかりました。とても気持ちのいい素晴らしい縦走路です。泊まり組の方が少ないくらい、たくさんの日帰り単独登山者とすれ違いました。「日帰りですか〜、先にもいましたよ〜」と声をかけると「もう、ばてちゃって。。」とおっしゃるものだから、「大丈夫ですよ、ロープーウエィあるうちに着けますよ」というと、すかさず「ロープーウエィを使う気はないんでね〜」自分のレベルでものを言ってしまったようで「そうですよねー、失礼しましたあ〜」と訂正。「ばてちゃって。。」も不本意にも若者に抜かされたということなのかもしれません。そんなことを面白がりながら、ゆるりとお花なんかを愛でながら、最後は暑さでひーこらいいながら、楽しい馬蹄形縦走をおえました。

今回の縦走でもう一つ関心があったのはナルミズ沢やウツボギ沢の残雪状態でした。今年は融雪が早いといわれていましたが、ナルミズ沢の源頭部は奥の右、左俣ともまだ相当残雪に覆われていました。ウツボギ沢は右俣にはけっこう見られましたが、左俣は登山道からは緑一色で雪は見えませんでした。下部のゴルジュっぽいところはどうかわからないけれど左俣ならもう遡行できそうな感触でした。

ところで山小屋泊まりはどうだったかというと、ザックの軽量化はできたけれど失うものも多かったような。。。こだわりとは別に、やっぱりテントが好き!と、テント泊の良さを再認識するという結果になったのでした。だって静かで自由だし、食事はおいしいし、シュラフは快適だし。。。あとは体力ですね!!

 

 

 

(だいたい)天神平9:15ー蓬峠16:00//5:00ー朝日岳9:30ー土合橋15:20



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2018.06.20
体力測定の丹沢主稜ワンデイハイク

ここ数年は五月の花の時期に体力測定を兼ねて丹沢主稜を日帰り縦走している。体力が低下しているのは年齢的に当然として、時間をかければ歩けるかどうかも気になるところ。一昨年は日帰り縦走はこれで最後かもしれないと思いながら歩き、昨年は歩かなかった。無雪期は沢旅がメインとはいえ、やはり山は歩けてナンボの世界。沢歩きもバランスが悪くなっている。重いザックを背負っての沢泊まりは緩やかないわゆる癒し系といわれる沢でも、疲れが残るようになっている。

と、不安をいいだしたらきりがない。山に行かない日がつづくとこんな心配ばかりしてしまう。だから最近はトレーニングを兼ねて歩くことの重要性を痛感している。そんなわけで、一度はもういいかなと思った丹沢主稜を、今年はブナの沢旅メンバーと歩いてみることにした。以前、六月中旬に歩いて暑さでばてて足がつってしまったことがあり、歩くなら五月と決めていたのだけれど、幸いこのところ気温が低めで当日も曇り空。稜線歩きは天気がいいにこしたことはないが、今回は歩き通すという目的にかなった天候だ。

バスでは西丹沢自然教室から歩き始めるのが遅くなるので、前回からは谷峨からタクシーで1時間を稼いでいる。これまでの経験だと、檜洞丸までのコースタイムと体調でその日の具合がわかる。あまり張り切りすぎないように最初はゆっくり目のペースで歩く。途中で早々と下山してくる男女パーティがいたので「もう下山ですか〜」と声をかける。すると渋沢から歩いて来たという。夜中に縦走したのかと聞くと頷いていた。これだけでも驚いたのに、女性の足元をみるとサンダル履きの裸足!さらに驚いて若い人はすごいねー。より自然に。。。とのことで、まさに縄文ガール。いま流行っているのかな。

いろんな人がいろんな楽しみ方をしているものだと感心しながら、我々中高年(中高年というより、そろそろ高年)パーティもそれなりに順調に出発点の檜洞丸へ。展望はなかったが、一瞬青空が広がり気持ちが前向きになる。

花の時期は終わっているが、ブナの樹林帯を歩くのも気持ちがいいものだ。花といえば、地味だけれどヤマボウシがたくさん咲いていた。毎年このコースを歩くのも、丹沢のよさが感じられる尾根歩きだから。気温は13~14度と例年よりは低いため、歩くのにはちょうどよかった。3〜4月の雪山縦走の時の方がよほど気温が高かった。やっぱり今年の天候はなんだかおかしい。

天気が良くないからか、蛭ヶ岳はし〜んと静まり返っていた。いつもならここで靴を脱いで長めの休憩をとってから後半にそなえるのだが、寒いし風もでてきた。まずまずの調子を喜んで、後半の東丹沢へ。実際の距離はここから大倉までの方が長いのだが、気分的には下山開始だ。見えない展望に、天気ならばここでこうで、ああでと仲間に解説しながら誰もいない丹沢山へ。

塔ノ岳まで行けばもう登らなくてすむ。下山のめどもたったのでいつものように尊仏山荘に立ち寄り、コーヒーでくつろぐ。喜ぶのはまだ早いけれど、なんとかなったねとホッとするひとときを過ごし、長い大倉尾根をくだった。

これからは今まであまりしたことのない縦走も組み入れたいので、時間をかければまだまだ歩けると思えてよかった。普段は坂や階段がつらいとだらけているのに、よくこれだけ歩けるものだと妙に感心してしまう。普段は出せないパワーを引き出す山ってすごい魅力があるからなのだろう。

 

 

ツツジ新道登山口7:40ー檜洞丸10:25ー臼ヶ岳12:05ー蛭ヶ岳13:30ー丹沢山15:05ー塔ノ岳16:20ー大倉19:00(休憩時間含む)



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2018.06.04
きらめくブナの沢旅を求めて東北・二口へ

この週末は梅雨入り前の好天に恵まれ、またとない沢旅のチャンスとなりました。今年は季節の進行が早いので、東北も二口方面ならば沢はじめができるはず。これまでも5月末から6月初旬に二口の大行沢や穴堂沢で新緑の沢歩きを何度か楽しんでいます。

いつもは平日山行が多いのですが天候の都合で土日となりました。そうなると大行沢はきっと他に複数の入渓パーティがいるはずだと思い、同じ二口でも入渓者が少ない禿沢を選んで、ゆったりとブナの新緑と焚き火を楽しんできました。沢泊始めなので、本流の小松原沢ではなく少し小ぶりな小松倉沢にしました。10年前は紅葉の時期だったので今回は新緑バージョンです。直前になって二口林道は通行止めだとわかったので変更も考えましたが、今年は長い林道歩きの沢も計画にあるので慣れなければ、と決行しました。

おかげでいつもながら他に誰にもあわない静かな沢旅となりました。ナメといえば大行沢が全国区の沢として人気がありますが、禿沢も下部は大行沢に劣らない美しいナメが続きます。その後ちょっと大岩ゴーロとなりますが、さらに登れる滝がいろいろでてきて源頭部は再びゆったりとしたナメとなります。やはり源頭部には雪渓が残っているところもありましたが、とくに遡行に支障をきたすことはありませんでした。

林道歩きが長かったため遅い入渓となりました。そのために小松倉沢に入る前の唯一無二といえる快適なテン場で行動を終了。早く進んでしまうと、どうしてもここはパスしてしまうのです。思いっきり焚き火ができ幸せなひと時となりました。もうチャレンジはできないけれど、こんな感じのきれいな沢でゆったりと過ごして帰ってくるだけでもいいなあ〜などと思ってしまいました。

登山道と並行して藪漕ぎをした10年前の教訓をいかし、最後の詰めはほとんど藪漕ぎなく登山道にでることができました。体力はなくなってるけれど、こんな所では少しは進歩しているのでしょうね。それにしても仙台神室は宮城県側からは沢や以外で登る人はいないのではないかと思ってしまうくらい不遇の山のような気がします。標識は文字も読めないほどに放置されていました。山形の笹谷峠がよく見えた時は懐かしい気持ちになりました。何年か前の積雪期、笹谷峠から山形神室に登り翌日仙台神室まで進む予定だったのですが、悪天のため山形神室で引き返したのでした。山形側からみる方が存在感がある山です。

二口林道については、いろいろと言いたいことはあるのですが・・・それはさておき、木漏れ日できらめくブナのナメ沢をヒタヒタあるくという、自分のコンセプトにぴったりの沢旅ができたことに感謝したいと思いました。

 

 



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2018.05.15
沢始めで足尾の沢へ@餅ヶ瀬川押溜沢

足尾の山旅二日目は餅ヶ瀬川押溜沢へ。今シーズン初めての沢ですが、そういえば昨年の沢収めも足尾の沢でした。最近足尾に足が向くのは、厳しさのない穏やかな渓相を求めているからなのでしょう。

当初は小法師岳を組み入れた泊まりの沢を探したのですが、始点と終点が離れていたり時間がかかったりで現実的でないことがわかり、日帰り二本に分けたのでした。この山域の沢を探すときは「その空の下で。。。」をよく参考にさせてもらっています。今回もそうでした。沢シーズンが始まり、広田さんが奈良の沢で亡くなられてから一年経ったことをあらためて思いました。「広田さんの言ってることを鵜呑みにしちゃダメだよね、癒し系だと思って行ったら全然そうじゃなかったし。。。4割くらい割り引いて計画しなくちゃね」など、仲間としばし広田さんの話で盛り上がりました。それもいい供養になるのだと思います。

さて、餅ヶ瀬川押溜沢ですが、たしかにゆったりとした癒し系でした。たぶんわざわざ東京方面からこの沢だけのために行くほどではないかもしれません。けれど渓相はいい雰囲気でのんびり沢歩きにぴったりです。最近は「何もないけどいい感じ」の沢がマイブーム。とはいえ、ちゃんと見せ場はありますし、源頭部はいかにも足尾の沢の雰囲気で安穏としていて藪漕ぎなしで登山道へあがれます。

むしろ下りに使った下中手沢の方がいわゆる沢登りらしい沢かもしれません。上部は苔蒸した雰囲気がとてもいい感じでした。下降が難しい滝は高巻きに勘を働かせたりと結構沢トレの要素もありました。時間はかかりましたが、これからの沢シーズンに弾みができた気がします。これは実は本来下るはずの枝沢の手前を下ったためで、下降点の違いで下降要素にも違いがあるようです。

今回は宇都宮経由でJR日光駅からレンタカーで移動したところ、今まで思っていたよりも足尾が近いことがわかったのも収穫でした。前日の小法師尾根とあわせ、今年はもっと足尾に足繁く通ってみたいと思わせてくれた山旅となりました。

 



1件のコメント

  1. 対岸にいたんだね~

    Comment by mt-sam — 2018年5月26日 @ 6:16 AM

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2018.05.13
足尾の知られざる花街道@小法師尾根

季節の進行が早い今年は、早くも山の花だよりがあちこちで聞かれます。当初は残雪と新緑の山旅を東北で検討していたのですが、天候や雪の状態などからピタッと期待に添えるようなプランができず、仕切り直す事に。そこで、それほど遠くないけれどいつもの近場よりは遠方感がある足尾で新緑の花ハイキングと沢初めをすることにしました。まずは初日から。

今の時期の足尾といえば、袈裟丸山あたりのアカヤシオやミツバツツジがネットを賑わしている印象ですが、ブナの沢旅は静かな山旅を信条としています。以前から気になっていた、登山道はないけれど知る人ぞ知る小法師岳に行ってきました。正確に言うと、小法師岳が目的ではなく小法師岳にいたる尾根を歩いてきたと言った方がいいでしょう。

結論から言うと、すばらしい!の一言でした。なによりもタイミングがよかった。小法師岳にむかう笹原のプロムナードはミツバツツジやシロヤシオがちょうど満開で、新緑とのコラボレーションがとても美しかったです。歩き始めたところからの標高差は1000m近いので、花が満開になるタイミングも異なります。もっと早い時期からミツバツツジやアカヤシオは咲き始めていて1000m付近ではもう散っていましたが、小法師岳のセールスポイントともいえる笹原のプロムナードは標高も高いので満開となっており、新緑もまだ初々しい若緑。

登山道や標識はありませんが、なにしろ知る人ぞ知る山なので、踏み跡は明瞭です。一部わかりにくいところもどんどん笹をかき分けて行けばいいのです。途中の巣神山までは地図にも破線の道が引かれています。その道は沢沿いで、どうも歩きにくく暗い道のようなので、等高線は詰まっているけれどよりわかりやすい尾根を直登したところ、むせかえるようなヤマツツジ尾根でした。それが巣神山付近からはミツバツツジに変わるだけでなく、全く予想していなかったシロヤシオがたくさんあらわれ、もうめまいがしそうなほどの花街道となっていました。おまけに帰路に立ち寄った小さなポコは一面がワラビ畑になっていて、お土産もたくさんいただきました。

これほどの山が丹沢や奥多摩にあったら、ちょうどミツマタフィーバーのように大賑わいになること必須ですが、他に誰もいない静かでぜいたくな花ハイキングとなりました。足尾は山岳景観的には華やかさにかける地味な山域ですが、だからこそ静かで好ましい山歩きができるため最近あらためて注目しているところです。

 

 

 

ワラビ畑

 

 



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2018.05.03
消えていく愛情あふれる手作りの道標@世附峠〜籠坂峠

丸山岳から戻って1週間たってもまだ余韻がのこり、次の山が考えられない状態でゴールデンウィークの前半が終わりました。前倒しで縦走したのに家にいると落ち着かず、気持ちを切り替えたいとブナの新緑ハイキングへ。例年丹沢主稜のブナは連休明けが芽吹きの時期なので、標高が低い三国山稜を歩いてみることにしました。この山域には湯船山から三国山にかけてブナの大木が見られるのです。

世附峠から歩くのは9年ぶりのこと。あのときは縦走路のポイントごとに愛らしいイラスト入りの手書きの道標があって、それを愛でながら歩くのも楽しみの一つでした。その後地元小山町で富士箱根トレイルの整備とかでその道標が撤去され、官製の立派な道標に変わってしまいました。部分的にはその後も歩いているのですが、今回久しぶりに世附峠から籠坂峠まで歩き、道標の現状を確認しました。

世附峠には簡易トイレが設置され、管理人さんらしき人が掃除をしていました。車でやってくる途中に登山者がいなかったのに私たちが突然あらわれた(理由は後述)のが意外だったらしく話かけられ立ち話。その中で、素敵な絵入の道標が撤去されて無粋な標識に変わって残念だと、思わず率直な感想をいうと、まあそういわないでくれ、管理が大変なんだと言われてしまい、当事者側の方であることがわかりました。そして絵入りの標識を作り、このコースの整備に一人で尽力された岩田さんが昨年亡くなられたことを知りました。私たちは岩田さんのおかげでとても快適に楽しく山歩きができていたのです。そしてそれが富士箱根トレイルの整備に引き継がれたわけでした。

幸い世附峠には山域の概要を記したカラフルな道標が残されており、久しぶりの再会を喜びました。その後は撤去されたもの、なんとか残っているもの、朽ち果てたものなど状態はさまざまでしたが、いずれ消えてしまう運命にあることが予感されました。そこで、9年前にまだ残っていた愛情あふれる手書きの道標の幾つかをここに残しておきたいと思いました。写真をクリックすると大画面になって文字を読むこともできます。

「樹下の二人」はなくなっていましたが、サンショウバラの季節には多くのハイカーを迎えているところです。改めて道標を読むと、1936年8月に徳富蘇峰が夫人とともに籠で、総勢50名を引き連れ山中湖から切通峠〜水ノ木〜大棚〜逢坂峠をへて至り、展望に見入ったとことで別名「蘇峰台」と呼ばれているとのこと。樹下の二人とは蘇峰夫妻のことだったのでしょうか。そんな歴史もあったんですね。

低山縦走の最高峰である1380mの大洞山付近はブナの新緑がいまだ初々しくとても美しかったです。前回は立ち寄らなかったブナの双子の大木がある立山にも足を伸ばしてみました。

それはそうと今回初めて気づいたのですが、この山稜を歩くのは標高1104mの籠坂峠を始点とした方がよほど楽に歩けるはず。なぜかそういう考えがなく、2回とも駿河小山の標高350mの山口橋から登っています。きっとたいしたことはないという、ちょっとナメタ気持ちがあったからなのでしょう。次回は逆ルートで歩くつもりです。ナメタ気持ちはしっかりルートの現状調査もせず、おかげで登山道が大崩落している場面に遭遇。仕方なく斜面を這い上がって尾根にあがりました。でも、そのおかげで古い仕事道にたどり着き、そこにはなんと延享二年と刻まれた石の祠があったのでした。帰って調べたら延享二年とは1745年8代将軍吉宗の時代でした。思わぬ歴史に遭遇できて、怪我の功名だとよろこびました。

と言う具合で、連休の中日に興味の尽きない新緑ハイキングを楽しみ、気分を一新することができました。

 

 

 

2018年5月1日

 

 

大洞山付近                立山のブナ

 



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2018.04.24
越後からたどったワンダーランド南会津@丸山岳@南会津

4月19日から22日までの4日間、懸案であり念願であった越後側から会津丸山岳に行ってきました。奥只見丸山スキー場から村杉岳をへて、沢ルートで何度か通った袖沢乗越を通ってたどる丸山岳へのこだわりのルートです。

8年前に村杉岳に登った時、眼下に伸びる山並みをずっと追っていくと丸山岳につながっていることを知りました。積雪期の丸山岳へはすでに黒谷川の火奴尾根からと、一番ポピュラーな坪入山から高幽山、梵天山のコースで登っています。それなので、つぎに行くときは是非村杉岳から辿りたいと思っていたのでした。

今年は3月以降の融雪が早く、最近の山行の感触では山の気候は例年より1ヶ月ほど早いと感じています。薮が出やすいためゴールデンウィークではもう遅いので、天気予報とにらめっこをしながら晴れマークが続く日にちを待っていました。時間だけはあるシニアパーティの強みといえます。

久しぶりに数日前からそわそわし始め、なんと二度も夢にまで見てしまうほど期待と不安で一杯でした。むしろ不安の方が大きかったです。3泊4日では不安なため予備日も設けました。

やはり積雪は少ない印象でした。奥只見スキー場から村杉半島への林道歩きでは、前回は雪の急斜面を緊張しながらトラバースして時間もかかったのですが、雪が少ないせいかブロックの散乱が多いだけでたいしたことがなく通過できました。村杉岳の尾根に乗るとさすがに雪はたっぷりでしたが、山頂からみた会津朝日岳方面や猿倉山は黒々としていました。連休となるとさらに薮がひどいと思われます。

村杉岳からしばらくは運動場のようなだだっぴろい尾根を快適に下るのですが、倉前沢山から尾根が痩せ、雪がパタリとなくなります。それほどひどい薮漕ぎではないものの、半日近くアップダウンが続く痩せ尾根の薮漕ぎとなりました。

それでも、古の峠道である大熊峠まで進むととても素敵なブナ林となり、突然の変化に嬉しさと美しさで泣きそうになるほどでした。袖沢乗越の雪の姿も見ることができました。とてもすっきりとしていてすぐにメルガマタ沢に下れる雰囲気でした。

その後も薮と雪稜とブナ林が交互にあらわれ飽きさせません。薮漕ぎに弱いパーティであり暑さにばてて2日目には丸山岳にははるかに届きませんでした。山頂についたのは、なんと3日目の昼となりました!時間はかかったけれど、途中展望の素晴らしさに何度も足を止めて山並みを追ったり薮の中から対岸のゆったりとしたブナの尾根をうらやんだりと、楽しい時間が過ごせたと思っています。

丸山岳は今回で5回目の山頂です。山を始めてからずっと憧れの山であり続け、今でもそうです。晴天の下、360度の展望を満喫しながら会津や越後の山座同定に時間を忘れるほどでした。大変だっただけに、嬉しさもひとしおでした。浅草岳や守門の先の越後の山を見渡しながら、丸山岳をしのいでマイナー12名山の筆頭とされている矢筈岳に登った時の方がよほど楽だったと思ったほどでした。。。

えーっと、ここは雑記帳なので簡単に紹介するつもりだったのに、書き出すと思いが溢れてきます。まだまだ思うことはたくさんありますが、余韻を楽しみながらこれからじっくりと記録を書こうと思います。ところで、下山路はまだ雪がたっぷりついてきれいな梵天〜高幽山ルートを稜線漫歩よろしく快適にたどり、窓明山から一気に下って予備日を使わずに済みました。

 

 

 

 



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