2021年10月3~5日
楢俣川は遡行価値のある多くの沢を持ち、とくに左岸の沢は岩盤が発達した躍動感と穏やかで美しい渓相に特徴付けられている。そんなわけで、これまでに数本遡下降しているが、まだ本流を源頭まで遡行したことはなかった。10年ほど前、ススケ峰湿原の帰路に本流から垣間見えた稜線が印象的で、いつか本流を詰めて稜線に立ち新しい景色を見たいと思った。
今年の沢シーズンは長年の懸案の沢旅を実現させることを意識した。最近はことあるごとに口にしているように、もうこれが最後のチャンスだという気持ちが強くなっているからだ。前夜発で丸三日間好天の日程を確保できそうな10月初旬、ようやく長年の思いを実現させた。と、かなり思い切らないと体力気力的にむずかしくなっているのです。。
前夜のうちに奈良俣湖オートキャンプ場分岐の林道まで入り、仮眠する。朝起きるとツェルトは結露がひどく濡れたまま運ぶことになってしまった。入渓点まで長い道のりなので6時には出発。涼しいのでそれほど苦にならない。湖岸道手前には伐採木が整然と山積みされており、二、三箇所伐採のためのむき出しの作業道ができていた。しだいに道幅の狭い山道のようになると朝露の草をかき分けながら進むため沢に入る前から濡れてしまう。10年前にすでに何箇所か崩壊していたが、前回なかった枝沢沿いの大崩壊地も見られた。ほんの四半世紀ほど前まで車で入れたということが信じられないほどの変わりようだ。
狩小屋沢に近づくと雰囲気のいいブナ林の道となり、自然と下降点に導かれる。狩小屋沢を渡渉する手前で沢装備に変え、ロープを伝って対岸へ。矢種沢出合いまでは山道をたどる。昔楢俣川に鉱山がありその時の作業道らしい。2010年最初に来た時は、矢種沢を本流と勘違い。しばらく遡行して釜に入って遊んだりしたお粗末を笑い話にしながら矢種沢を少し下って本流へおりたつ。深沢出合いまでは3回目なので、最初のような感動はないけれど、明るく闊達な渓相に心和みながら進む。
明るい岩盤の平瀬とナメ小滝が交互にあらわれる穏やかな川だ。太陽の光を浴びてきらめく様子はゴーロになっても美しい。川幅は広く何度も渡渉を繰り返しながら進むと、その度に足元を小さなイワナが走りすぎる。すでに禁漁期で釣り師もいないため、休日でも誰にも会わずに静かな川歩きだ。
日崎沢出合いの滝には以前はなかったロープがつけられていた。滝上からさらに一段上がって日崎沢を渡渉し巻道から本流におりた。日崎沢も雰囲気がよさそうだ。詰め上げる尾根に登山道はないが、以前後深沢から稜線に出た時に見下ろした尾根は鞍部近くまで岩稜帯だったので、右俣をつめればそれほど苦も無く登山道のある至仏山から鳩待峠に下れるだろう。。なんて、すぐに関心が脇にそれてしまう。
日崎沢からは少し小振りになってゴーロも多くなり冗長感がでてくる。裏日崎沢にちかづくと両岸にブナ林の段丘がひらけ、格好のテン場適地が二、三認められた。いかにも釣り師ご用達のテン場のようでブルーシートがデポしてあったり中には物干し用のロープまで張られていた。ひとわたり物件を見学して先に進む。裏日崎沢出合いは貧相だが、この沢も穏やかなナメの多い沢らしい。
そしてようやくススケ沢出合いへ。思い出の多いススケ沢にまたやって来た。出合いから数メートルほど先の左岸にこれまた使いこなされたテン場があり、焚き火跡には薪も残されていた。予定ではさらに奥の中沢出合いをベースキャンプに考えていたが、疲れも出てきたのと魅力的なテン場だったこと、中沢出合いのテン場が不確実だったことなどからザックを下ろすことに決めた。
まだ時間があるので翌日の行程を考えれば進んだ方がいいのだけれど、すでに初日の歩み具合から当初計画していた南田代まで足を延ばすことは無理だろうと思えた。あっさり気持ちを切り替え、無理せずゆっくり行けるところまでで十分だと、気持ちの折り合いがついていた。
そんなわけでさらに快適なテン場にしようとせっせと草を刈り薪を集め、結露防止のタープを張って一休み。前回は二日目に焚き火はできないわ、疲れて気分がすぐれないわと、情けない思いをしたため、かなりリベンジ根性をもやして焚き火ライフを堪能することも楽しみの一つだった。
目に見えて日が短くなっており、暗闇迫る中、燃え盛る焚き火を無心にみつめていると、当初の稜線の景色を見たいという気持ちの上に、もうこれで明日帰ってもいいなという気持ちが沸き起こってきたのは自分でも意外だった。
予定より30分おくれの6時半に出発。こんなところにも気持ちの変化があらわれている。中沢出合いまでは穏やかなゴーロだが、森の雰囲気がいい。奥ススケ沢までは以前歩いているのだが、時間に追われて余裕がなく周囲がほとんど目に入らなかった。中沢出合いは段丘が開けているが、よく見ると湿った草地が多く、段丘も利用された形跡がないため整地が手間取りそうだ。と、昨晩ススケ沢出合をBCに決めたことを納得、正当化する。
ランドマークの巨大三角岩を眺めながら右手の沢に進むとしだいに斜度がまして数メートルほどの滝がつぎつぎとあらわれる。直登はできないが両岸いずれかが傾斜の緩い階段状の岩壁だったり簡単に巻ける。難しくはないけれど、今の私たちには一つ一つが少しずつ時間がかかる。
奥ススケ沢出合いを越え、いよいよ未知の領域へ。1540m二俣は右に進むと1761m鞍部となるが、壁のようなスラブ滝となっている。左の本流7m滝を斜上して進むと沢はボサがかぶってくる。右手斜面が草地になってきたところで沢筋を離れると一挙に視界が開ける。稜線の南面は紅葉が美しく気持ちが高まる。赤倉岳の東峰が穏やかな山容をみせている。
なんてステキな光景だろう。雲ひとつない青空のおかげだろうか。気持ち良く歩きやすいところを適当に登ると稜線直下で道があらわれる。まるで登山道のような獣道だ。稜線は藪に覆われて反対側はみえない。獣道にそって緩やかに登る。赤倉岳東峰が近いが手前の小ピークで足を止める。あの峰までがむしゃらに往復するより、気持ちのいい草地の小ピークでのんびりしたいと思った。
北側の様子がわからないので稜線の藪をかき分け少し下るとこちらも草地。というより腰を下ろすとじわっと湿って湿原のようだ。勝手に「赤倉田代」と命名して南田代のかわりとする。正面に平ヶ岳が大きい。地図を取り出し尾根と谷を確認していくと北東に見えるぽっかり空いた緑の空間は下田代のようだ。近くに小さな田代も認められる。
南田代は距離が近く見えないようだ。ススケ峰とススケ峰湿原も確認できる。何年たってもあの湿原に立つことができた感激と素晴らしさが色褪せない。至仏山から笠ヶ岳、その奥に武尊山地。剣ヶ峰が小さくちょこんとトンがっている。奥利根、越後の山並みも遠望できるけれど、よくわからない。
腰を下ろしているとお尻が湿ってきたので南側の草地に移りティータイムとちょっとお昼寝。あれこれ小一時間ほどを過ごしたところで腰を上げる。往路に戻らず1850m付近から直接斜面を下降し、1700mまでは別の沢筋を下ってショートカット。その後は淡々と往路の沢を下るが、1540mの滝のクライムダウンは緊張した。
その後も登りには簡単に越えた滝のいくつかを手こずったりと、登りと同じくらい時間をかけてテントサイトに戻った。薪は集めてあるのですぐに焚き火にとりかかる。ベースキャンプ方式は何かと便利で楽チンだ。計画縮小とはなったが、無事に本流を最後まで遡行できたことを喜んで二日目を終えた。
最終日は往路をもどるだけなので気が楽だと思って出発したが、長い沢下りはそれなりに疲れる。初日にはあまり感じなかった岩のヌメリも下りでは気になった。昔だったら、きれいな沢をもう一度歩けてうれしい、なんてことを書きそうだけれど、月日の経過した現実はちょっと違っていた(と、このごろは愚痴が多くなっている)。
けれど朝日が沢に差し込むと何気ない平瀬もきれいだし、そういうところはのんびり下れていい。最近はゴーロが好きになっている。小滝がちょこちょこあらわれると登りほど楽ではない。ぬめったナメ滝を下るのは勇気がいるが、その勇気がわかない。できるだけ楽なルートを探しながら下ると、けっこう巻道があったりする。
沢歩きに飽きた頃、ようやく前方右岸に矢種沢出合いがみえたときは大喜び。急斜面をロープたよりに這い上がって山道へ。ゆったりとした山道を歩く幸せをこれほど強く感じたことがないくらいホッとして心安らいだ。あとは狩小屋沢を渡渉して靴を履き替え、長い林道をトボトボあるいて駐車場所にもどった。
この歳でよくやったよねと、互いをねぎらい長年の想いを実現できたことをよろこんだ。けれど同時にもうこれまでのような感覚で沢旅の日程を組むことは難しいことも痛感。次回は温泉を絡めた骨休みの山旅をしたいと思いながら帰路についた。
車止め6:00ー狩小屋沢渡渉点8:50/9:15ー矢種沢出合9:50ーススケ沢出合15:00//6:30ー1850m小ピーク11:10/12:00ーススケ沢出合16:30//6:40ー狩小屋沢渡渉点12:40/13:15ー車止め16:30