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2019.12.01
ときには残念な山歩き
カテゴリー:雑記帳

そうです。ちゃんと確認しなかったわたしが悪いんです。でも、これほどだとは、いくらなんでも。。。

ずっと陰鬱な天候が続いていたのでようやく晴れた日、軽く山歩きをしようということになりました。いつもながらの急ごしらえなので、近くでまだ行ったことのない軽い山くらいの条件で、名前が面白いシダンゴ山でも行ってみようかと。これだけじゃ短すぎるので、高松山まで歩いてみようかと。

電車に乗ると白く雪化粧した、いかにも霧氷の丹沢の山並みが見えてきました。思わず予定変更して丹沢山いこうか〜なんて言ったけど、いくらなんでもそれは無節操ということでおとなしく新松田から寄へ。最初は茶畑やみかんの木の里山の雰囲気がいいなあ〜とか余裕があったのだけれど、すぐに植林帯へ。これはどこでも最初はそうなので、そのうち途切れるだろと思っていたら、山頂に着いてしまいました。さすがに山頂は開けた平坦地で気持ちがいいところでした。真ん中にお社があり、おめあての山名由来板もありました。

なるほど。シダンゴは古来「震旦郷」と書くのだと。震旦とは中国の旧異称で、「一説に欽明天皇の代、仏教を寄の地に伝える仙人があり大寺の地、この山上に居住し仏教を宣揚したという。当時箱根明神岳や丹沢の尊仏山(塔ノ岳)にも同様の仙人がおり、盛んに往来した形跡があったという。この仙人をシダゴンと呼んだことから地名が起こったといわれ、シダゴンとは梵語で羅漢(仏教の修行を積みさとりに達した人)を意味し、シダゴン転じてシダンゴウ(震旦郷)というようになったともいう。」なのだそうです。シダゴンなんて、なんだか今風のゆるキャラの名前みたいです。

「シダゴン」をあとにしてまずはダルマ沢の頭へ向かいますが、ずっと植林帯の中です。ここから尾根は南下して立派な標識はなくなり、いかにも植林の作業道風となります。登山道というより作業道を歩かせてもらってると思えば、植林帯は当然のことです。近くでは間伐作業をしていました。高松山に近づくと虫沢古道を守る会の古い木の標識があらわれます。里山で古くから利用されていた径路だったようです。

このころになると植林帯コースを選んだ自分への怒りがあきらめにかわり(かなり大げさ。。)、まあこんなこともあるさあ〜と、高松山へ。山頂は広々とした草地で富士山と箱根の山並を背に海と平野の展望が広がってとても気持ちのいいところでした。丹沢の帰りにバスでこの辺りから乗車するハイカーが意外と多いので高松山って登られてるんだな、くらいに思ってたのだけど、なるほど手軽でいい山だということがわかりました。銀マットをしいてしばしピクニック気分。とても寒い日だったのですが、山頂はポカポカお日様が暖かく気持ち良かった。

下山路の途中にあるビリ堂に立ち寄り、ここでも由来を知りました。このコースは古くから花女郎路といわれ、山北から高松山、ヒネゴの頭、割沢の尾根筋を通って八丁集落に通じる路があったのだそうです。どうして花女郎路かを知りたかったな。ビリ堂は最後ビリにある観音堂だから。この馬頭観音は文化10(1813)年に尺里の人々が近隣と協力して建立した12体の8番目で、さらに下ると同じ観音像が2箇所ありました。最後のものは新東名の工事現場隣の新しい道路の脇に移設されて祀られてました。工事だからと排除してしまったらバチがあたりますよね。

農道終点付近からは新東名の工事現場と隣接する農家のミカン畑を見ながら山北駅までテクテク歩きました。丹沢の低山は新東名工事があちこちでみられ、完成したらどうなるんだろう。ともかく全行程の9割くらいが植林帯といういくらなんでも予想外の山歩きでしたが、いつもと見える景色が違うことがいろんな意味の刺激になったことは確かで、簡単にするつもりの雑記帳がだらだらとしてしまいました。そして、最後の高松山が気持ち良かったので、終わりよければすべてよしと思うことにしました。。。

 

 

(思い出は美しく〜)

 

 



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