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2018.11.17
明治中期に利根川水源を目指した「利根水源探検紀行」の著者探し
カテゴリー:雑記帳

利根川本谷といえば、沢やが一度は遡行を目指す憧れの険谷だ。今から124年前の1895(明治27)年9月、群馬県にその利根川水源探索を試みた一行がいた。そしてその記録は「利根水源探検紀行」として後世に残されている。

最初に掲載されたのは明治の総合月刊誌「太陽」の創刊号。翌年には「太陽」の出版社博文館から探検もの二本立てとして「台湾生蕃探検記」に収録された。これは国会図書館のデジタルライブラリーで一般公開されている。また1942年には川崎隆章編「尾瀬と檜枝岐」にも収録され、1988年には復刻版が出されている。同書には一回目の目的不達をうけて結成された群馬県利根水源探検隊による1926年の大利根水源紀行も掲載されているので、合わせて読むと興味深い。

「利根水源探検紀行」の著者は渡邊千吉郎。とても格調高い文章で緊迫感溢れる探検隊の行動が逐一記されている。たちまち引き込まれて一気に読んだ。この記録を青空文庫に入れて公開したいと思った。明治中期に成人であることから没後50年が経過して著作権も消滅していると思われるが、著者については当時群馬師範学校の教師だったということだけで歿年を確定する情報は得られなかった。こうした著作物は「孤児作品」と呼ばれ、著作権処理の情報がないために利用することができずに忘れ去られてしまうのだ。

そこで現在文化庁が進めている著作者情報が得られない作品利用を促すための「裁定制度」を利用してみることにした。実際の運用は文化庁が権利者団体に委託している。従来の裁定制度は手続きが煩雑で使い勝手が悪かったけれど、使いやすくするための実証実験が行われており、その担い手であるオーファンワークス実証事業実行委員会のサイトで手続きをした。費用も手続きもすべて申請者に変わって代行してくれるので、申請書に著者名と作品名、使用目的などを記入するだけだ。もちろんネット検索で事前調査でも不明であることが前提となる。この申請は基本的に受理され、文化庁の最終裁定結果を待っているところ。

一方で、図書館のレファレンスに相談したところ、できる範囲で調査をしてくれるとの申し出をうけた。2週間後連絡をもらい資料を見ながらの説明を受ける機会をもった。原資料ではないが、明治期の教育に関する研究論文の資料として群馬師範学校教員名簿があり、そこに渡邊千治郎の名前があった。千吉郎ではなかったが、千治郎はその後徳島師範学校長となり、教育者として活躍し勲章を授与されていた。そのために教育家名鑑に記載があった。滋賀県出身で滋賀高等師範学校で博物学を卒業後群馬師範への赴任となっている。また、別の教育関連の研究論文では渡邊千治郎の生年と没年が記載されており、1942年没とあった。

状況証拠資料から、渡邊千吉郎は渡邊千治郎と同一人物と推測した。利根水源探検紀行においても、博物学を学んたため山野を跋渉する経験ありと自己紹介している。素人眼にはこれで十分な情報と思えるが、100%の確証ではない。文化庁の解釈では100%の確証がないと同一人物とは認めないのだ。

やはりすでに申請済みの裁定制度を利用することにしたが、なぜ渡邊千吉郎になったのかが興味あるところだ。「太陽」誌に掲載された際に本名を伏せたのか、紹介した記者が間違えたのか。推測の域をでないが、古い雑誌や書籍では漢字の間違いはよく見られる。(さすがに名前はどうかと思うけれど。。。)

この雑記帳記事を読む人には退屈な話を長々と書いたけれど、著作者の調査や裁定申請のプロセスを経験したことは興味深い経験となった。そこでこの体験をメモしておきたいと思ったわけである。「利根水源探検紀行」はすでに基本的入力はすんでいるので、裁定が下り次第入力申請するつもりだ。また、同時に1926年の「大利根水源紀行」も公開したいと考えている。こちらは著者が群馬県利根水源探検隊という団体名なので、発行から50年で著作権は消滅する。

これからも、山岳関係の古い紀行文を青空文庫にいれてまとまったジャンルにしたいと夢を抱いている。みなさんからも、この分野の著作権が消滅している埋もれた古い作品で青空文庫に収録したいというものがあれば知らせてください。ただし、とても残念なことに、今年の12月30日をもって著作権の保護期間は現在の50年から70年に延長されます。ますます死蔵作品が増えるのではないかと危惧しているところです。



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