ブナの沢旅ブナの沢旅
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2015.09.15
栃ヶ森山塊  仙北街道(手倉〜姥懐〜柏峠〜小出川〜栃川〜ツナギ沢〜大胡桃山〜小胡桃山〜下嵐江)
カテゴリー:ハイキング

2015年9月15-16日

 

5年前に計画したものの、胆沢ダム建設工事のため秋田から岩手側に抜けられないことがわかって断念した仙北街道を歩いた。高桑信一氏の「古道巡礼」でその存在を知って興味をもち、いつか歩きたいと思っていた。

仙北道の歴史は平安時代にさかのぼる。蝦夷を征服するために胆沢城を築城した坂上田村麻呂が出羽国の雄勝城に通じる最短ルートとして開いた道だといわれている。当初は軍事要路としての性格が強かったが、後には文化、産業の道として賑わった。しかし長い歴史を持つこの街道も、大正時代に北上−横手間に国道が開通するといつしか歴史から消えていった。そんな千年古道が地元有志により1990年代によみがえった。(東成瀬村発行「古のブナ道 仙北街道」より)

簡単には行けない山域である。仙北街道と呼ばれている古道部分の全行程24キロ−東成瀬村の手倉から奥州市胆沢の下嵐江(オロセ)−を山中泊で歩く計画を立てた。

 

前夜入りして仮眠をとった旧道入口先の狼沢口の案内板でコースを確認していると地元のおじさんが声をかけ、手倉越えかと聞く。仙北街道はその土地々々によって呼び名があり、他にも秋田から伊達仙台領に達する意味で仙台道とか秋田街道との呼び名があり、地域に密着した道であったことがわかる。

豊ヶ沢林道の通行止めゲートを越えて進むと山崩れで林道が塞がれていた。踏み跡にそって崩壊地を越え緩やかに登って行くと右手に「お園の越所」と掘られた石碑があらわれる。弘法大師を慕う美女お園が沢を渡ったという逸話らしい。ここから林道を離れて急斜面の山道を登る。一汗かいて登りきるとさっそくいい雰囲気のブナ林となる。なにしろ、仙北街道は別名、ブナ古道と呼ばれるほど、そのほとんどがブナで覆われた道なのだ。

沿道にはいろいろなキノコが生えていたが、名前がわからないので見るだけにとどめておく。すると今度は「弘法の足跡石」などと言う石碑だ。これらは仙北街道をよみがえらせた地元有志によって立てられたものらしい。高桑氏が著書で苦言を呈していたむき出しのコンクリートの土台もすっかり苔に覆われて違和感がなくなっていた。この界隈は栃の木も多く、栃の実が沢山落ちている。

綺麗に手入れされた植林帯を通過すると再び自然林の山道となり、ミズナラの大木の元に「弘法大師堂」が建つ。元々は寛永年間に水沢の商人が作らせた地藏を安置する祠であったとのこと。扉だけが真新しいので、そっと開けてみると中に赤い着物を着たお地蔵様と大きな鉄製の草鞋が安置されていた。扉の裏をみると、今年の5月に「仙北道を考える会」が新設奉納したことがわかる。大事にされているのだなあと、道中の安全をお祈りして先に進む。

山道は刈り払いされて歩きやすく迷うこともない。それで安心しきったせいか、姥懐に続く山道を見逃して林道をたどったところ、最後に山道と合流。なんだか釈然としないので車止めの広場にザックを置き、どこで道をそれたかを確かめに山道を下った。

そんなことをして時間をつぶしながら、これからがメインルートとなる。一般には姥懐まで車で入り、岩手側の大寒林道終点までの12キロを日帰りするらしい。そのせいか道はさらに歩きやすく整備されている。

ほとんど読み取れない藩境塚の石碑は、近くを流れる岩の目沢が仙台藩との境界をしめすもの。V字状に掘られたフカフカの道は人が歩くことで掘られた古道の特徴で、きっとこの景色は何百年も変わっていないのだろうと思うと、いにしえの時にタイムスリップした気になる。

明るい日が差し込む森の道は、もう秋だというのに緑が初々しい。ゆるやかに登って尾根に乗ると展望がひらけ「丈の倉」の石碑がたつ。ずっと樹林の道だったので、突然開ける展望が新鮮だ。目の前には焼石岳、奥にピラミダルな三界山が顕著だ。ブナのモコモコが色づいたらもっと綺麗だろうなあと思うが、ずっと悪天が続いたので好天に恵まれたことを感謝しなければいけない。

仙北街道の最高点である柏峠まではちょっとした稜線漫歩の道。最高点といってもたかだか1018mだが、山は高さでないといつも思う。柏峠からは再びすばらしいブナ林を緩やかに下る。しだいに大木がふえ、原生林の趣だ。途中にある「山神」の石碑はいかにも古く、他の石碑と違って江戸時代の文化二年の建立だという。

山神から粟畑に向かう道沿いには大きく枝を広げて千手観音のようなブナや畸形の大木が目立つ。ずっと明瞭な道だったのに、粟畑から少し進むと突然笹薮となる。おかしいと思い少しうろつくが他に道がある様子もないので、薮をかき分けて行くとふたたび明瞭な道となる。なにか理由があるのだろうと推測する。ある資料に笹道別れと記されていた所で、あえて刈り払いをしないのだろう。道に迷いやすいから必ずガイドを付けることとも書かれていた。

それはともかくとして、緩やかに下りながら小出川へ。途中にある「中山小屋」の石柱は、藩政時代に物資の輸送にあたった背負子の、秋田と岩手の荷物の取り替え場所だったことを示している。ちょうど半分の道のりだ。

急斜面をつづら折りに下って小出川本流に降り立つ。とても穏やかな流れの渓流で、長い山道を越えた安堵感とともに癒しのひとときとなる。ここで沢靴に履き替え、川に入った時の気持ちの良さは格別だった。やっぱり、沢はいいねと言い合う。上流は幅広のナメが続いている。しばらくザックを放り出して水遊びに興ずる。

小出川を徒渉して道がついているが、せっかくなのでテンバ予定地の栃川落合まで沢歩きを楽しむことにした。少し下って栃川に入る。最初はゴーロだが、しだいに岩盤が発達したナメとなる。ツナギ沢出合い付近にテンバを探そうとしたところ左岸の奥に平坦地が見えた。一段上がってみると草を刈れば快適なテンバになりそうだ。わきには道が通っていて少し先に徒渉点のテープが見えた。ここで1日目の行動を終える。

最近は山に泊まって焚火をするのが何よりも楽しみだ。せっせと枯れ木を集めて火を熾す。いつのまにか日が短くなっており、今年の夏はあまり沢に行けなかったことを淋しく思う。

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翌朝も焚火を囲んで朝食をとり、6時過ぎには出発する。ツナギ沢に入るとさっそくきれいな幅広ナメ滝となる。その後も小滝がつづき、短い距離ながら沢登りを楽しむ。道が沢を横断する所で靴を履き替える。道は700m付近から沢を離れ、マタギ坂とよばれる急斜面の山道となる。稜線に近づくと傾斜がゆるみブナの大木が林立する森が広がる。

大胡桃山へ向かう途中、地元の男性二人とすれ違う。秋田側に抜けるのかと聞くと、釣りに来たとのこと。これから進む尾根沿いの道も刈り払いが行なわれて歩きやすいらしい。巻き道の分岐を越え、ひと登りで大胡桃山へ。山頂は坊主頭のように開けた草地になっていることから地元では野坊主と呼ばれているとのこと。視界が開け、焼石岳方面だけではなく、小出川を詰めるとたどり着く東山もその尖った頭をみせている。

大胡桃山から北東に延びる尾根を緩やかに下るが、とても歩きやすい散策路のようなブナの道。ただこの辺りのブナは秋田側でみたすくっと背が伸びて白い樹肌ではなく、黒っぽい苔がついて枝をくねらせている。所々にはどっしりとしたミズナラの巨木もみられる。

アドレ坂の石柱から道は東に向きを変え下り坂となる。この辺りからすこしヤブっぽいところも出てくるが道は明瞭で迷いようがない。小胡桃山の石柱は樹林の中。資料には桑原岳や栃ヶ森が見えるとあったが展望はない。

御清水場の石柱は見逃したが、このあたりは尾根が広がり、端正なブナの大木が一面に広がっていた。その中に続く一筋の道を感動的な気持ちで下って行く。仙北街道の中でもっとも美しい所だった。そしてショートカットの大寒林道ではなく、尾根筋にコースをとってよかったと思った。

しばらく下ると植林帯となる。これで自然林とはお別れかと思いきや、ふたたび広葉樹林帯へ。その後は交互に林層がかわる道を下り、最後の石柱「野がしら」があらわれる。隣の歴史を感じさせる石碑には「西宮大神宮」と彫られてあった。ここは、今では「まぼろしの鉱山」といわれている渋民沢かね山への分かれ道になっており、石碑は追分の道標だった。ちなみに、かね山を記した最も古い記録は1620年のキリスト教神父の逮捕記録で、西洋からもたらされた鉱山採掘技術や布教、キリシタン弾圧と隠れ切支丹などなど、この地に秘められた歴史には興味がつきない。

樹林越しにダム湖が見えてきた。いよいよフィナーレの登山口、下嵐江に降り立つ。そしてあっと眼を疑った。そこには真新しく立派な墓石が建っていたのだ。下嵐江登山口と彫られているが、どうみても墓石だ。二人で唖然とし、墓石の裏をみると胆沢側の「仙北街道を考える会」とある。

もともと仙北街道の終起点、下嵐江は、石淵ダム建設で水没して場所が変わったところ、さらに新しい胆沢ダムで二代目の下嵐江も水没して場所を移したわけだが、どうして道中にあるような石碑にしなかったのか不思議でならない。有志の方々の仙北街道にかける思いと街道整備の努力には敬意を表するだけに残念でならない。

などというオチがついたものの、仙北街道全行程を歩くことができてうれしかった。ブナが美しく沢歩きも楽しめるという、小粒ながら変化にとんだ珠玉の山旅となった。

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旧道入口6:15−お園の越所6:40−弘法の足跡7:15−弘法の祠7:55−姥懐9:00/9:50−丈の倉10:25−柏峠11:25−山ノ神12:00−粟畑12:20/12:45−中山小屋13:40−小出の越所14:05/14:35−栃川落合15:10//6:25−ツナギ沢−大胡桃山9:00/9:15−アドレ坂9:45−小胡桃山10:23−御清水場−野がしら11:45−下嵐江入口11:55

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