ブナの沢旅ブナの沢旅
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2014.10.10
南八甲田 黄瀬川
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2014年10月8-10日

 

山は逃げない。よく言われるフレーズではあるけれど、残念ながらこちらの体力、そして気力も逃げていく。2週間前にようやく数年来の懸案であった黄瀬川へ向かったものの、現地での天候悪化で引き返した。

また来よう。よくこう思うのだけれど、なんとなくうやむやのうちに月日が流れる。でも今回は違った。根拠があるわけではないが、今シーズン中に行かないともう行くことはなさそうな気がした。きっとこれからは、どこへ行くにも今回を逃したらもう行く機会はないという意識が心の片隅に居座り続けるのかもしれない。

なんて、ちょっと終末的な悲壮感さえただよわせ、再挑戦をすることにした。

移動日の10月8日はたまたま皆既月食の日。食事をしたりゆっくりと欠けていく月を眺めていたら退屈することなく七戸十和田駅についた。ここからタクシーで前回引き返した黄瀬林道の車止めへ向かう。地元の運転手さんは行き先を告げても要領を得ず、並んでいた3台目のタクシーでようやく話が通じた。

最初は前回と同じ場所で仮眠する予定だったが、Yさんが林道を歩いて少しでも先に進んでおこうという。えっと思ったけれど、最低3時間の長い林道歩き。たしかに翌朝が楽になると思い、ヘッドランプをつけて歩き出す。最初は樹林の暗闇を歩くのが不気味だったが、途中からは月が煌煌と輝き美しささえ感じられた。

1時間ほどで分岐の広場があらわれる。ここから先は少し登り坂になるので素早くテントを張る。いよいよ明日は黄瀬川を遡行するのだなあと気分が高まるが、あっという間に寝こけてしまった。

翌朝出発する頃には青空が広がる。今でも現役らしい整備された林道はブナの二次林に沿ってつづく。植林帯にかわってしばらくすると松見ノ滝入口へ。昨日稼いでおいたおかげで意外と早くついた。きれいな看板が立っているので見逃すことはない。松見ノ滝は日本の滝100選にも選ばれており、ハイキングコースとしても隠れた人気があるようだ。しっかりとした道がつづいている。

途中から滝下へつづく道を離れ、枝尾根の鞍部から多少のヤブをこいで目当てのガレルンゼを下ると滝上の黄瀬川に降り立つことができた。平水のようでひとまず安心。

最初は滑って歩きにくいゴーロだが、平瀬に日が射して穏やかな雰囲気だ。しばらくするとゴーロが消えてナメとなる。さらに進むといよいよだなと思わせるゴルジュとなる。これから先は深い釜か淵を持った小滝が続き、どちらかの斜面をへつって越えることになる。

最初は慣れないため緊張するが、一見のっぺりして見える岩は近づくとデコボコして手がかりがあり、フリクションもいい。だからといって楽にはならなかったけれど。。。

へつりのウォーミングアップが終わった頃、前方に三条の幅広滝があらわれる。近づくと簡単には取り付けそうもない。両岸を見上げても高巻きも無理。行くしかない。必至でへつっているといつの間にか先行していたYさんが釜に入っている。くの字の部分を越える所が難しいので釜に入ったのかと思ったら、たんに落ちただけで、水位は深い所で胸程度ですんだという。私はできる限り水には入りたくなかったので踏ん張る。難関部分は腰を下ろして重心を低くしたらちょうどいいガバがあって難なく越えられた。滝に取り付く頃Yさんは滝上で手を振っている。やったねと、拍手のジェスチャー。ロープを出してくれたが、滝自体はホールドスタンスが豊富なので問題なかった。

第一の難関をクリアしたのもつかの間、滝上は深い淵になっていた。滝頭のバンドを渡り、バンドが途切れる滝の落ち口を越えて右岸に移らなければ先に進めない。足をすくわれたらあっという間に流されてしまう。コンパスが長ければ一飛びで渡れそうだが、私たちにはとても無理。右往左往したのち、スリング確保で淵側の水中バンドに足を置き、恐る恐るすり足で進んで最後はジャンプ。おもわずやったー。

その後もゴルジュのへつりがつづくが、それほど困難なことはなく、渓相を愛でる余裕も少しはでてきた。

そして次のチャレンジは、やはり深い釜を持った小滝だ。今度のへつりは絶望的に見える。私はハナから無理だと思ってしまう。Yさんはトライしてなんとか中盤まですすむが、冠り気味でホールドが遠い所でスタック。その間なんとか巻き道をさがしてYさんを呼び戻す。

左岸の斜面に取り付くとなんとトラロープが掛けられていた。そうよね、ここは巻く人もたくさんいる筈よねと、妙に安心する。高巻きを終えると穏やかな平瀬となり心が休まる。このあとずっと、二人でゴーロになるとホッとすると言い続ける。

川原が広がり右岸から枝沢が出合う。一瞬ここが長根沢出合いかと勘違い。すでにかなりの時間がかかっていたが、私たちの核心はこれからだった。

開けた平瀬を気持ちよく進んでいくと深い釜を持つ幅広滝が見えてきた。ルートは右岸だが、近づくとホールドが乏しい。再び立ち往生。小さく巻こうとしたが行き詰まる。そこで空身でロープを引き、途中のきわどいフリクションを耐えて滝上へ。そして予想外の展開にあせる。下から見た印象とは違い、すぐに深い淵が広がり、側壁が立って支点となるものが何もない。

とにかく踏ん張ってまずは荷揚げをするが、今度はもう一歩の所でザックがひっかかってびくともしない。足場が不安定なので回収することもできない。ザックをおろしたり引き上げたりと悪あがき。時間だけがどんどん過ぎていく。悲壮感がただよったところで対岸を見渡すと少し先で尾根が緩やかに下りている。そこでザックを一旦おろし、高巻いて滝下に戻ることにした。もっと早く気付けばよかった。

それほど困難なこともなく高巻き、下ろうとしたらYさんがザックを持ち上げて来てくれた。一時はどうなることかと思ったけれど、なんとかクリアできた。二人分のザックを荷揚げしたYさんと合流したヤブの中で、「無事の再会」に安堵する。ここで1時間以上のロスタイム。

川原にもどるとすぐに長根沢出合いとなるが、核心通過の余韻のせいか何となく通り過ぎてしまう。沢泊のパーティはみな長根沢出合で幕を張っているが、私たちの場合、前半で苦労したため油断できない。地図ではしばらく両岸が開けているので、もう少し進むことにした。

その後はとくに問題となる所はなく穏やかな気分で先へ進む。核心部は終わったはずだ。1時間強進んだ所で川がトロ場となり川原が広がる。少し上がった所が石ころの平坦地で隣には小沢が流れ込んでいる。時間的にはもっと進めたが、例の核心部で消耗したし、先にもっといい場所があるとも限らない。

ザックを置いて先ずはせっせと石を取り払う。こういう作業になると途端にハッスルしてしまうのはなぜだろう。なんかホッとして楽しい。最後は大きなふきの葉っぱを敷き詰めて土木工事完了。こんなこともあろうかと、今回は小さめのテントを用意した。

焚き火はあっという間に出来上がり、自分たちのちょっと滑稽な苦労を振り返る。釣瓶落としの秋の夜。あっという間にあたりは暗闇に包まれるが、夜半になると月がのぼり、テントはさながら樹木の影絵のスクリーンのようだった。

 

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翌朝は油断をして1時間も寝過ごしてしまう。けれどその気になってテキパキと行動すれば時間短縮はできるもので、しっかり朝食とコーヒータイムをとっても1時間ちょっとで出発できた。(最短記録なり)

出発していきなり、むむむ。。。また大釜をもつ小滝だ。右岸から取り付くが途中がのっぺりしてへつることが難しそう。昨日の教訓を生かし、無理せずに巻き道をさぐる。なんとなく踏み跡も見られる。それほど大きく巻くことなくスムーズに川にもどることができた。ホッ。

気がつくと柱状節理の側壁が頭上高く聳え圧巻だ。けれど谷は開けているので威圧感はない。ゴルジュも昨日ほどのきびしさはなくなり、慣れも手伝って容易に通過。

標高も多少は上がっているため樹木の色づきもあざやかになっていく。これまでの黒っぽい岩質から明るい色にかわり、ナメが広がる。ふぅ〜っ、ようやく癒しの美しい黄瀬川があらわれた。これまでの苦労が報われたと感じる瞬間。ほんとうに美しい。

ゴーロとナメを繰り返す。正直平凡なゴーロもけっこう長いのだが、紅葉に彩られたスラブの側壁に圧倒され、その素晴らしさに酔いしれる。両岸の大伽藍を楽しんだあとは大岩がちりばめられた赤ナメの大斜面を快適にのぼる。地元の人はここを黄瀬松島と呼んでいるらしい。なるほど、松島や、嗚呼松島や、松島や〜って、一句詠みたくなるほどステキな所だった。

その後もさまざまな形状のナメや幅広小滝のオンパレード。言葉にするとワンパターンになってしまうが、ここは百聞は一見にしかず。別途写真で感じてもらいたい所だ。

標高1000m近くなるとナメも終わり巨岩ゴーロ帯からゴーロ川原となる。朝から曇り空だったが、この頃には青空が広がり紅葉をより鮮やかに照らして単調な遡行に華をそえてくれた。

しだいに両岸が近づき、ほとんどフラットになった所で黄瀬沼につづく枝沢が小滝を落として出合う。途端に岩がヌメリだし歩きにくい。連続する小滝をやり過ごすと沢は平瀬となり、何度も蛇行を繰り返す。ボサがかぶって歩きにくいが、もう少しで黄瀬沼にたどり着けると思えばどうということはない。

 

 

 

 

ようやくヤブ化した沢を抜けると左手が開けて湿原となる。すてきなフィナーレだ。黄金色に色づいた湿原を気持ちよく歩いていくと黄瀬沼が目の前一杯に広がった。ついにやって来た!

沼を取り囲む穏やかな山並みはシラビソと落葉したダケカンバが規則正しく並び、その光景はまるで北欧の湖沼地のように思えた。朽ち果てた木道が沼に向かって消えている。しばらく沼のほとりを散策し地獄峠へ向かう。

登山道の方向にそって湿原を歩いていくと朽ち果てた木道があらわれ登山道に乗ったことをしる。ここからは樂ができると思いきや。赤テープこそ頻繁にあるものの、刈り払いはしないのが青森県の八甲田山域に関する方針なのだろうか。登山道とは名ばかりのヤブ道がつづく。こんな状態では黄瀬沼まで足を伸ばすハイカーはほとんどいないのだろう。

登り道に喘ぎながら地獄峠につくとようやく明瞭なとても歩きやすい登山道となる。この間ガスが出たり晴れたりをくりかえし、一瞬だが駒ヶ峰が姿をあらわした。たどった旧道コースは車が通れるほど幅広く、いつまでたっても標高を下げず延々と山腹を巻き進んでいく。

この道についてはかつての軍用道路として開鑿されたとか、救農土木事業だったとか、諸説あるようだ。あとで少し調べてみたが結局はっきりしたことはわからなかった。1930年代前半から3年かけて作られた道で、結局一度も供用されなかったという。それが後に登山道として使われるようになった。いずれにしても実際の工事を請け負ったのは地元の農民だったろうから、当時の大凶作期における農民救済事業になったのではないだろうか。

所々苔むした立派な石垣が残る旧道を淡々と下るが、楽な分とにかく長い。最後は夜の帳と競うように猿倉温泉に降り立った。猿倉温泉の日帰入浴は3時までなので諦めていたところ、迎えに来たタクシーの運転手さんが、駅の隣に東八甲田温泉があるという。ならばと直ちに車に乗り込み、駅前の温泉に向かった。

ようやく実現させた黄瀬川。私たちにとってはそれほど楽な遡行ではなかったけれど、前半の苦労は後半に充分報われた。全国区的人気の葛根田川のような、わかりやすい美しさとは違うけれど、スパイス的ゴルジュのへつりとスラブの大伽藍壁に囲まれた源流遡行は味わい深い美しさを感じさせてくれた。今回苦労した所も直登にこだわらずに高巻きルートを工夫すれば問題なく通過できる。私たちでも行くことができた。きっとこれからは、もっと遡行者を迎えることだろう。

 

 

10月8日 黄瀬川林道車止21:45−分岐23:00

10月9日 林道分岐6:35−松見ノ滝入口8:00−黄瀬川8:50−長根沢出合13:30−650m附近幕営地14:45

10月10日 幕営地6:30−黄瀬沼分岐11:45−黄瀬沼12:30−地獄峠14:30−矢櫃沢橋16:00−猿倉温泉17:25