ブナの沢旅ブナの沢旅
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2011.09.25
豊沢川桂沢大空滝沢~小空滝沢~中山峠
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2011年9月25日

 

1ヶ月ほど前「盛岡で仕事があり、そのあと時間がとれるので合流できるなら沢に行かないか」という話が持ち上がった。けれど都合がつかずいったん立ち消えとなった。彼岸の連休は野暮用のため山の予定はなかったが、25日だけなら時間が取れることになったので、仕事の前に山に行けるか今度はこちらから打診したところ、当日発ならなんとかなるという。

う~ん、朝立ちで盛岡方面に日帰り沢登り・・・普通なら無理だと諦めるだろう。最初は安達太良の沢なら朝発でも大丈夫と、いったん烏川に決まりかけたが、どうも気が乗らない。どんなに時間が限られていても初心貫徹しようと少し頭をひねってみた。

宮沢賢治の童話の舞台として以前から興味があった毒ヶ森山塊。近くの葛根田川や和賀山塊の沢のように遠路はるばる訪れるほど遡行価値のある大きな沢があるわけではないが、なぜか惹かれるものがあった。今回は6~7時間ほどの沢遊びしかできないので、こんな時にしか行かないかもしれないと、発想を逆転させてみた。そこから多少のリサーチをかけ、我ながらよいプランができあがった。

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始発の新幹線で新花巻へ。レンタカーで奥花巻温泉郷を経て沢内に抜ける豊沢川沿いの県道を走り、中山一号トンネルを抜けた先にある駐車場に車を止める。豊沢川の対岸は毒ヶ森に連なる山並みが緩やかに波打っている。大空滝はちょっとした観光名所のようで、大きな案内板がある。車止めしてある「中山街道」と呼ばれた旧道は一部が廃道化しているが、歩く人も多いようでしっかりとした登山道のようだ。

しばらく旧道を歩き、地図で斜面が緩そうな所から適当に沢に下って沢靴に履き替える。予想通り何もない穏やかな小沢だが、あたりの雰囲気はいかにも東北の森という感じがして心安らぐ。しばらくは平瀬がつづくが、地図にはあらわれない蛇行を何度も繰り返し、現在地がつかみづらい。枝沢を一つずつ確認しながら二俣へ。

右俣の大空滝沢が本流で、小空滝沢は一見ほんとうに小さな枝沢のよう。まずは大空滝を見物するために右沢へ進む。しばらくは何もないゴーロ沢だが、小滝を越えて沢が右に曲がるところから突然美しいナメ沢に大変身。予想外の展開に驚いたり喜んだりしながらヒタヒタ歩いていくと、前方の樹林ごしに白滝の筋が見えて来た。

いよいよ大空滝に着いたようだ。沢が左に曲がったところでほっーと息をのみ、わっーと歓声。水量豊かな大空滝は7段80mを越えると言われている。ここからは中段までしか見えないが、それでもなかなかの迫力だ。下段の傾斜は緩いので中段まで登ってみた。するともう少し上まで登れそうに見えたが、ここで遊びすぎると時間切れで最後の目的地までたどり着けなくなる心配があるため、引き返すことにした。

ここまで登れたのも予定外のことなので十分だ。「なめとこ山の熊」に登場する「なんだかわけのわからない白い細長いものが、山を動いて落ちてけむりをたてている・・・・なめとこ山の大空滝」を間近に触れて見て感じることができたのだから。

 

 

 

二俣へ戻り腹ごしらえをする。ようやくメインの小空滝沢へ入る。出合いはとても貧相だが、少し進むとそこそこ面白い小滝がつづく。ときどき倒木帯となるが、あまり期待感もない代わりに失望感もない。大空滝と前衛の大ナメ帯にすっかり満足したので気持ちは寛容だ。とはいえ、しだいにいい雰囲気になってきれいなナメ小滝がつづく。

なにやら予感がすると、沢が左に曲がったところで美しいスダレ状2段ナメ滝があらわれた。高さは10m以上ありそうだ。一瞬小空滝と見間違えるほど立派だった。適度な水量があってとてもエレガント。おまけに楽しく登れる。滝上もナメがつづき、あの貧相な出合いがウソのようだ。

そろそろと思うころ小空滝が見えて来た。もっと小ぶりかと思っていたが、堂々たる大滝だ。前門の3m滝を右から巻いて大滝直下へ。数少ない記録ではみな巻いていたので当然そのつもりでいたが、下からよーく眺めてみると水際の岩壁が登れそうに見える。巻くなら左岸の緩い斜面だが、短い沢なので少しは冒険したい。左壁から取りつくと、細かいが手足はある。ぬめってもいない。大丈夫な気がして中断まで登る。

傾斜がきつくなったところで左の樹林に逃げて灌木頼りに木登りクライム。樹林が切れ、手がかりがなくなったところでふたたび滝に近づくと滝上がすぐそこに見えた。ところが水流際にもどると下からは見えなかった上段の滝がさらに続いていて一瞬あせる。確保なしでは度胸がいる。急いでロープを出すが、気休め程度のいい加減な確保しかできない。けれど登るしかないので、思い切って水流のホールドに身を乗り出す。緊張したがなんとか核心部を突破すると、傾斜のゆるんだナメとなり滝上に抜けた。なんと、わけのわからないうちに小空滝沢を登ってしまった。Yさんもインチキ確保でするすると登って来て合流。面白かったねと安堵する。3段50mはある大滝だった。

滝上は穏やかな平ナメとなり、森の中を分け入るように蛇行しながらつづく。気がつけばあたりはブナの森。まさに童話の世界のようだ。何度も小さな二俣が出てくるが、一番早く廃道に抜けられる右を選びながら進む。土管があらわれたところで道にあがり遡行を終えた。少し無粋な終わり方だが、藪こぎなくすっきりと抜けたので良しとしなければ。

靴を履き替え、ザックをおいて少し先の中山峠へ向う。とても美しいブナ林の道を少し歩くと行き止まりの広場となり、文字板が落ちてしまった道標が立っていた。中山峠は賢治も1918年に地質調査で二度訪れているという。作品では「中山街道はこのごろはたれも歩かないから、ふきやいたどりがいっぱいに生えたり牛が逃げて登らないようにさくをみちにたてたりしている」と書かれているところだ。

沢内方向は道が消えて藪となる。小径をたどって832mのポコに登ってみた。樹林越しに和賀山塊の山並みが見えたが、それほど展望はえられない。それでもすばらしいブナの森と二つの大滝、美しいナメをもつこの山に不思議な愛着を感じずにはいられない。峠にもどり、ちぎれ落ちた道標板をにわか修復して記念写真をとってからザックをデポしたところに戻った。

ここからは旧道を歩いて車まで戻る。大木はあまりないのだが、粒のそろった青白い苔模様のブナ林はとても美しく、なんども足をとめる。途中に大空滝を遠望できるところがあり、標識とともに沢に下る階段までついていた。下からは見えなかった上段が垣間見えたが、滝下まで行って間近で見たあとなので、とくに感慨はない。

寄り道しながらも、ほぼ予定通り5時に下山。10時半に出発したので6時間半の短い周遊だったが、思わぬ発見の連続だった。ときにはこんな風に、見知らぬ地で小さな沢旅を楽しむのも悪くないと思う。「なめとこ山は」長い間架空の山と考えられていたが、地元の研究家の考証により実在する山と判明。いまでは地図にも名前が出ているその山は、ここから3㎞ほど北に位置する。けれど私にとっては、二つの大滝を境にきれいなナメ床の沢を抱え、美しいブナの原生林に覆われた「このあたり」が、なめとこ山の名にふさわしいと思うのだった。

帰りは近くの秘湯、鉛温泉に立ち寄り、気持ちのいい湯につかる。花巻で食事をして最終一本前の新幹線に乗り、帰宅したのがちょうど真夜中の12時。ふうっ、間に合った。まるでシンデレラのおとぎ話のような一日だった。

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登山口駐車場10:22-入渓点11:13/11:30-大空滝12:25-小空滝14:00-廃道15:00/15:15-中山峠15:20-駐車場17:00