ブナの沢旅ブナの沢旅
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2011.09.08
モセカルベツ川~知円別平~羅臼平~羅臼温泉
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2011年9月8-10日

2年前にクワウンナイ川を遡行して北海道の沢の魅力に目覚めて以来、きれいで難しくない沢をいくつか調べていた。その中でモセカルベツ川は知床半島一の美渓であることを知り、つぎに北海道へ行くなら知床半島へという思いを実現させた。

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前日の最終便で女満別空港へ飛び、レンタカーで知床半島の玄関口であるウトロへ向う。今回は夏の天候不順や直近のノロノロ台風12号で予定が確定できず、日程調整やフライトの確保に苦労。マイルを使ったチケットのため座席数が限られていてベストの段取りとはいかなかったが、天候にも恵まれ結果的には順調にことが運んだ。

ウトロに着いたのが10時過ぎだったが、ガイドブックで11時までやっている寿司屋を見つけ、年に一度のメインイベントだものと、豪勢な入山祝い。道の駅に隣接する瀟洒なビジターセンターの建物の軒下に最高のねぐらを見つけた。さすが世界遺産の観光地。道の駅でもサイクリングの若者達が野宿をしていた。

日本の東端に位置する知床半島の朝は早い。清々しい空気に包まれながら知床横断道路を経てモセカルベツ川の入渓点である羅臼側へ移動する。羅臼岳を遠望しながらオホーツク海から太平洋へのドライブだ。入渓前からなんと贅沢なことかと思う。

海岸線に沿って北上し、天狗岩トンネルを抜けると左手にモセカルベツ川沿いの林道がつづいている。林道にはロープが張られて車止めになっていたため林道入口の空き地に駐車して出発する。6時を過ぎたばかりなのにすでに太陽が燦々と輝き、気持ちを前向きにしてくれる。さあ、どんなワンダーランドが待ち受けているのだろうか。これから自分が知床半島の沢を遡行するなんて、ちょっとした奇跡にも思えてしまう。

しばらくは林道を歩き、道が不明瞭になったところで沢に降りた。このところ雨続きだったので増水が心配だったが、見たところとくに問題はなさそうでホッとする。歩き始めてすぐに堰堤があらわれ、右側から巻いて沢に戻ると、しばらくはウォーミングアップの川原歩きとなる。C200mくらいまでは何もないと思っていたが、両岸が切り立ったゴルジュに入るときれいな小滝やナメ滝があらわれる。早くも知床一の美渓といわれる片鱗があらわれ期待感にワクワクする。

ふたたび川原がひらけゴーロ歩きとなる。川はゆったりと流れ、なかなか高度を上げない。C200mを過ぎると巨岩の間に小滝がつづく。長い巨岩帯に飽き始めたころ滝があらわれ、様相が一変する。数メートルの滝が連続し、どれも直登または小さく巻くことができて楽しい。

少し進むと30m大滝の下段が見えて来た。突然の変貌に少々唖然とする。遠くからは直瀑に見えたため、あんなところ登れるのかと思ったが、とにかく近づいてみる。すると傾斜はあるものの左壁は手足が豊富で登れそう。見上げると真っ青な空が、大丈夫と太鼓判を押してくれているようだ。ゆっくり味わうように登り、快適この上ない。

滝上は穏やかなナメが広がり、自然と笑みがこぼれる。するとすぐに、すばらしい光景にであう。左から10 m 滝が落ち込み、本流の8m滝と両門の滝をなしている。しばし呆然とたたずみその美しさにひたる。左岸から巻き上がり、ナメときどき小滝をやり過ごす。

前方に小滝を従えた10m滝が見えて来た。苔の多いきれいな滝だ。もう少し水量が少なければ左側の段々が登れそうなどといいながら登る気は毛頭なく、左岸から巻く。そして滝上に上がると、そこは日本庭園のようなしっとりとした長いナメの入り口だった。

渓相が何度も大きく変わることに驚いたり感激したりと、忙しい。段差についた緑あざやかな苔がアクセントとなり白い水流とマッチして美しい。クワウンナイのナメは壮大だったけれど、モセカルベツのナメは小ぶりながら繊細で優雅だなどと言いながらヒタヒタと進む。

フカフカ絨毯のような苔を踏みながら、このナメをすぐに通り過ぎてしまうのがもったいなくなる。そこで乾いた石畳で早めの昼食休憩を取ることにした。恒例のソーメンは寒いだろうとカレーうどんを用意したが、夏のような日射しだ。まぶしさと愛おしさで目を細めながらまったりとする。100mほどつづいたナメが途切れるとふたたび小滝が連続する。

こんどはどれも幅広のスダレ状で水流際を簡単に登れる。夢中で進んでいくと、また長いナメとなる。これだけつぎつぎと変化に富んだ渓相を繰り広げているのに、高度はまだ500mを越えたばかり。じつにうま味の凝縮された沢だと感心する。少し傾斜が出てくると8mほどのナメ滝となる。勢いづいたためか、ここは水中を直登する。

ようやく680mの二俣に着いた。気がつくと遡行を初めてすでに7時間が経過していた。これまでとくに困難もなく楽しく遡行してきたが、予定よりも時間オーバーだ。たぶん夕方までに稜線に抜けるることは無理だろうというムードがただよってきたが、今回は予備日もあるので焦ることはない。

二俣を左に進むとすぐに前方に大岩壁が立ちはだかり、ふたたび景観が一変する。突然のスケール感ではあるが、事前情報でここが核心であることを頭にたたき込んできたので、いよいよだなと思う。進むべきルートは左手奥の上部がルンゼ状になっているところ。水が流れていると厳しいらしいが乾いていた。

ということは早くも水涸れの可能性がある。ということで核心部に取り付く前に、右手前の40mナメ滝で下山までに必要な水を汲む。翌日の縦走で途中に水場もあるが、涸れることもあるらしいので二人で合計5リットル確保。こんなにたくさん水を運ぶのは初めてのことだ。

途中まで大岩壁をペタペタと登り、左奥の5mチムニー滝下へ。途中に二箇所残置ハーケンが打ってある。ここはYさんが空身で登った。私はザックを背負ったままロープ確保で続いたが、ザックの重みでふられてしまい、のっぺりした岩に乗り上がるのに苦労した。荷揚げが難しいのでYさんが懸垂下降して自分のザックをショイ上げて滝上に戻り、核心部をクリアした。

その後は谷筋がひらけ、巨岩帯から岩の構造物とでも言いたくなるような光景となる。一箇所高巻くのも大変そうなので空身で登って補助ロープを出した。時間はかかったけれど、多少はやりがいも感じられて良しとする。早くも源頭部の様相となり、振返ると根室海峡を挟んで国後島が近い。

1070mの二俣に近づくと雪渓が谷筋を覆っていた。両岸の斜面にはお花畑が広がっている。最盛期は過ぎているので期待はなかったが、一面に白く可憐なツガザクラが咲いており気持ちが和む。さらに遠目にはワタスゲのように見える最盛期を終えたチングルマが斜面を覆っている。

ようやく二俣に着いたのは4時半をまわっていた。登山道に抜けるにはあと2時間ほどかかるので、初日はここで行動を終えることにした。右俣に少し入った台地が格好のテンバとなっており、一段下がったところには予想外の小川が流れていた。上部の雪渓が水源のようだった。海を見渡すことができるとても開放的な場所でテントを張り、さっそくビールで乾杯して初日を終えた。

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二日目は長いコースを歩くので、5時には出発する。右俣へ進むと藪こぎなしで知円別岳と東岳の鞍部に抜けられるらしいが、予定通り行程の短い左俣へ進む。早くも谷に朝日が差し込み、クワウンナイの源頭を彷彿させるような開放的なモーレーンの草地の踏み跡をたどる。1300mを過ぎると小川の流れる広場のような地点となり、行く手はハイマツに囲まれる。

ここからのルート取りがもう一つの核心だ。左手前の沢筋をたどると藪に消え、ここから西北にむかって藪漕ぎとなる。コンパスで何度も方向を確認しながら藪をかき分けて進むと30分ほどで左上の谷筋に抜けた。地図からは想像できない渓相で、なんとも悠然とした源頭部だった。あとは谷筋をたどり、優しく穏やかに広がる知円別平へ導かれた。モセカルベツ川の魅力の一端をあらわすとても感動的な美しいフィナーレだった。

ここからは知床半島の背稜の中心部を縦走する。地図を見ただけでも南岳やオッカバケ岳、サシルイ、三ツ峰など多くの峰を越え羅臼岳へと続く。下山地点の羅臼温泉までは気の遠くなるような行程だが、この時はまだ未知の世界をみてみたいという気持ちが勝っていた。

顕著な山容の硫黄岳を背に南岳に登ると一挙に展望が開け、ここからは右手にオホーツク海、左手に太平洋と国後島を見渡しながらの稜線漫歩となる。眼下には緩やかなカールが広がり、二ツ池の湿地帯が見える。途中で初めて単独の男性に会い言葉を交わす。二つ池のテンバをベースに知円別分岐まで偵察とのこと。結局羅臼平までの縦走路で出会ったのはこの男性一人だけだった。

二つ池へは尾根を回り込むように道がついていて、見えてからたどり着くまでが長かった。予想以上に大きな池の周りはお花畑で1ヶ月ほど早ければすばらしい景観だったはずだ。なだらかに盛り上がったオッカバケ岳を越えると大きな山容のサシルイ岳が見えてきた。遠いなあ。

ザックの重荷がこたえはじめ、登りの辛さが増してくる。ようやく山頂の肩まで登り、頂の高さにへたれそうになったら、登山道は山頂を迂回していた。この時のうれしかったことといったら。まあ、地図を見ればわかるのだが・・・

小さな鞍部に乗り、目の前の光景にふたたび息をのむ。見渡す限りに眼下に広がる草原台地の先には知床半島の盟主とも言える羅臼岳の岩稜峰がそびえ、三ツ峰がまるでその護衛兵のように前門をなしている。そして両側に広がる山並みが青い海の彼方に浮かんで見える。

これまで、こんなに感動しながら山を歩いたことがあっただろうかと思う。三ツ峰のフォーメーションは近づくにつれて形が変わっていくのが面白かった。三ツ峰キャンプ場についたときは羅臼岳が視界から消え、双児峰となって幕が終わった。

羅臼平へ下りはじめると、とたんに様相が変わる。いきなり20人ほどのグループが眼下に飛び込んできた。やはり百名山効果というものは恐ろしいものだ。岩尾別温泉方面に下山して行ったので直接会うことはなかった。ようやく下山地点の羅臼平についたときは、もうここに泊ってしまおうかと思うほどバテバテとなる。

休憩していると、いかにも山やという感じの男性が、いきなりどこの沢ですかと声をかけてきた。同類のにおいがしたのかな、なんて思うとまんざらでもないが・・・モセカルベツ川のことを話すと、同じ日に羅臼湖を水源とする知西別川を遡行したけれど増水で撤退したとのこと。知床ではモセカルベツが一番おもしろいと言ってくれた。しばし知床の沢談義に花を咲かせる。

羅臼温泉に下ることを伝えると、長いコースだからここに泊った方がいいと言われる。コースタイム(4時間)は当てにならず最低5時間かかるとのこと。まだ当日下山の希望を持っていたので急いで出発することに。予定していたトラバース道は廃道化して迷いやすいため羅臼岳方向に登ってから下る迂回ルートを進められる。そして最後に、面白いですよ~と意味深な笑い。あとでその意味を知った。

山頂との分岐からは恐ろしくザレた急坂が延々と続き、神経衰弱寸前となる。泣きたくなるころトラバース道分岐。見たところしっかりした道で整備されているように見えるが・・・さらに今度は屏風岩の大岩壁沿いの大岩の急坂下り。もう精根尽き果ててしまう。時間もかかり、明るいうちに下山できそうにない。

とうとう諦めて途中の幕営地、泊場でもう一泊することに決める。もともとその可能性もあると予想して3日目の半日を予備日に当てていた。うまくいけば斜里岳へ半日ハイキングしようとなどと、今思えばナイーブな目論見だった。

泊場は沢に囲まれた広い台地だが、沢は硫黄川で青白く濁っている。ちょっと異様な感じがする場所だが、住めば都。枝沢の水は問題なかったので、担いできた水はなんだったのだろうとは、あと知恵なり。テントを張るまでは気が張っていたが、中で横になると一気に疲れが噴出。胃がむかついて何も口にできず、一度寝たら起きられない食事はパスしてずっと寝込んでしまう。

昨年の飯豊縦走の時もそうだった。でもあの時はアルコール飲料を一挙に飲み干して具合が悪くなった。今度はその気力もなく寝込んでしまった。重いザックで1400mの標高差の沢を詰めたあと10時間もアップダウンの縦走なんて計画する方が間違っていたかもしれない。無謀だったのかなど、後でいろいろ反省会となった。お茶だけ口にして朝まで寝る。

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睡眠を十分取って朝にはなんとか回復。けれどまだ本調子でなく、おかゆをつくってもらう。夜半から降り始めた雨は朝方も間断的に降り続いた。時間の余裕があるのでしばらく天候の回復を待つ。すると虹がでて、ぼんやりと太陽が見え始めた。急いで準備をして出発。もう少しだから頑張ろうと自分を励ます。

幸い後半の下山路はたいした悪路もなく順調に下る。天候も回復して青空だ。途中登山道の真ん中に真新しい熊の糞を見つける。今回は熊対策に鈴だけでなく頻繁に笛をならしていたのだが、最後にちょっと緊張する。羅臼ビジターセンターが見えると里まですぐだった。長かった。苦しかったけれど、それだけに充実した沢登りと縦走。たった2日半でとても贅沢で欲張ったコースを歩き通した充実感に満たされる。

立派な国設羅臼温泉キャンプ場を通って車道に降り、タクシーを呼ぶ。モセカルベツ川林道脇まで行って車を回収後、無料の露天風呂、熊の湯へ。人気の露天風呂らしいが、時間も早いので人も少なくゆったりと湯につかることができた。素朴な施設だが気持ちがよく、3日間の疲れが吹き飛んでしまったよう。

急にお腹がすいてきた。なにしろ前日からおかゆしか食べていない。さあ、最後は美味しいものを食べようと、道の駅の食堂で海の幸たっぷりの丼を平らげ、一路空港へ。すぐにお腹がへってまた食堂へ行き、今度は北見タマネギラーメンとソフトクリームを平らげる。自分でも信じられない食欲だ。最後は気持ちだけでなくお腹も一杯になって、思い出深い今年の夏休み山行を終えた。

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8日 林道入口6:25-入渓6:33-C680m二俣13:35-C1070m二俣テンバ16:40

9日 テンバ5:10-知年別平7:10-二ツ池9:05/9:15-羅臼平12:50/13:15-泊場15:45

10日 テンバ6:20-羅臼温泉9:30