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2011.07.10
新茅ノ沢
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2011年7月10日

 

早くも梅雨明けとなった週末、具体的な計画が立たなかったので、久しぶりに単独で近場の沢に行ってきた。初級の沢だが、登りがいのある滝がいくつかあるため、滝登りの講習がよく行われているらしい。単独での入渓はいつも緊張する。けれど、すべて一人で決め一人で行動するというのは、普段なまぬるい環境にひたっている身にとって、得るところが多い貴重な機会でもある。

新茅ノ沢は、沢登りの会に入会したてのころ親子ほども年が離れている若者にトレーニングしてもらった沢。その時の計画は、1日で新茅ノ沢~烏尾尾根下降~源次郎沢~大倉尾根下降というものだった。最初は、絶対無理、せめてモミソ沢にしてほしいと懇願したけれど、現場で決めましょうとあっさり却下されてしまった。6年前のことだ。どんどん先を行くリーダーにひたすらついて行った。そしてなんとかやり遂げた。あるテレビドラマで「無理は心がつくるもの」というセリフがあったが、振返るとその通りだった。細かなことは覚えていないが、どちらの沢もザイルを出したのは1回ずつで、とくに難しかったという記憶がない。というか、何もわかっていなかったのだ。

その記憶がよみがえり、今一人で遡行したらどうなるのかと興味がわいた。6年間でそれなりに経験を積んできたのだからできるはずという思いと、自分で行くのと連れて行ってもらうのでは雲泥の差という気持ちが交錯する。

登攀的な沢登りではなく沢旅指向なので、滝の直登へのこだわりはない。そのためかクライミングを上達しようという意欲もあまりないのだが、より有意義な沢旅を続けるためにIII級程度の滝は安定感を持ってフリーで登れるようになりたいと思っている。今回はそんなあれこれの気持ちをいだいて入渓した。

入渓点である新茅橋までは、大倉バス停から汗をかきながら1時間強の車道歩き。ときどき通過していく車を諦めの気持ちで見送りながら、山は歩きが基本なのだからせっせと歩かなくちゃと自分を慰める。新茅橋の少し手前から沢におりて支度をする。対岸にはこれから出発する様子の男女パーティがいたので軽く挨拶。よく見るとスパッツは冬山用でアイゼンを履いている。その時はふう~ん、この時期にアイゼントレする人って他にもいるんだというくらいの反応で、むしろ何かあったときのために他に入渓者がいてよかったと思う。

橋をくぐっていざ出発なのだが、薄暗くて陰気くさい。さっそく黒光りする3m滝を左から越えると、すぐにF1、7m滝となる。丹沢の沢にときどき見られるらしいが、主な滝には標識があってFナンバーがふってあり、秦野警察と消防署の電話番号が記されていた。ここはゲレンデだと思えば違和感もない。ついでにと、携帯に電話番号を入力。

7m滝では先行する2人組がザイルを出して滝の左壁をクライミング中だった。しばらく眺めていると、ビレーしていた若い女性が先に登ってくれという。ではお先に、なんて言ってしまった以上躊躇してもいられないので、さっそく登り始める。ちょっとズルして途中の残置に手をかけてしまったが滝上に抜けて再び男性に挨拶。その時ようやく、あれっと思う。

「ひょっとしてSさんじゃないですかぁー」

「そうですが、どちら様でしょうか・・・」

覚えていないだろうと思ったが、こちらだけ名乗らないのも失礼なので、XXの会にいたXXですと伝える。若いお弟子さんができたんですねなどと、すこし立ち話。やはり、他にもいたのではなく、ご本人だったのである。Sさんとの出合いのインパクトが大きくて、まずはF1をクリアできたという気持ちが飛んでしまった。

連続する小滝を進むとすぐにF2、7m滝があらわれる。直瀑で一見難しそうに見えるが、よく見るとスタンスが段々状で慎重に行けば大丈夫そうだった。上段の滝の落ち口に抜ける手前に残置があったので、念のため長いループシュリンゲで確保した。入渓して時間もたたないうちに、チャレンジだと思っていた滝を二つともあっさりと登ってしまったので、なんだか気が抜けてしまう。

F5の12m大滝は最初から巻くつもりだったが、ここでは6~7人のワンゲルクラブ風の若者が大滝登りに挑戦していた。水量が少ないせいかあまり迫力は感じられない。さて、巻き道だ。多くの記録ではガイドブック通りに右岸を高巻いているが、けっこう悪い高巻きとなるらしい。けれどなんの予備知識もなく大滝の前で両岸を見渡せば、明らかに巻くなら左岸だ。これから固定ロープで登ろうとする若者を見届けたのち、大滝の少し手前の斜面に取り付いて少し登り、あとはトラバースすれば早く簡単に安全に滝の落ち口に抜けることができた。滝を登り始めた若者よりも早く落ち口にたどり着いたので、思わず巻き道の方が早いよなどと口走ってしまう。

大滝上からはあたりも開け、平凡ながら明るい渓相となる。しばらく小滝のゴーロを進むと再びFナンバーの滝が続くが、いずれも容易で他の沢だったら見過ごされるような滝だ。

そしてF9,7mへ。遠くからは壁のように立ちはだかって見えたが、左側に行くほど高さがない苔むした乾いた岩になっていて、どこからでも登れそうだった。トレーニングなのだからチャレンジしようと、できるだけ水際の濡れた岩に取り付いたところ、スタンスが見た目よりも外傾していておまけにヌメっている。案の定上部に残置があり、ここを登った人はちょっと苦労したのだなと納得する。自分にとっては最初2本の7m滝よりも難しかった。その後は石積堰堤が続き、いったん水が涸れてしまう。ただでさえ暑い日なのに、水のない沢歩きのつらさをいやと言うほど味わうことになる。暑さでもうろうとなり、このまま下って帰ってしまおうかとさえ思う。たまりかねて着ているものをみな脱ぎ、下山用に用意した薄手のシャツに着替えて気を取り直す。

再び水が出始めると数メートル規模の滝が連続するようになり、目一杯シャワーを浴びて人心地つく。夏の沢はこうでなくちゃ。ときどきあらわれる二俣はルートが明瞭で迷うことはない。右手上に湧水を見たあたりから再び水が涸れ、最後のアトラクションである4mCSへと続く。

さすがにこの涸滝を越えるのは無理そうだ。一応空身で岩の間に体を挟み込んでずり上がり、中段の残置スリングまでは手が届いたが、上部が見えずザックを引き上げるのも難儀しそうなので無理せずここまでとする。右側すぐ横の岩壁の上に斜上している踏み跡があったので、右から小さく巻きあがった。

新茅ノ沢1 新茅ノ沢2

新茅ノ沢3 新茅ノ沢4

沢は急激に傾斜を増していき、ガレルンゼを淡々と登って行く。右側が開けてきたところで一般には右へトラバースして登山道に抜けるようだが、沢筋をさらに詰める。しばらくすると上に土止めの柵が見えてきたので、適当に歩きやすそうな所を選んで登り、最後は少しだけ登山道を歩いて山頂に着いた。

暑さでバテバテとなり、ベンチにへたり込んでしまうが、何とも言えない充実した気持ちで満たされる。時計を見ると11時40分。あれほどへたりながら歩いたのに遡行時間は2時間半だった。小さな達成だが、単独だからこそ味わえる充足感。靴を履き替え一息ついたところで近くにいた男性に写真をとってもらう。なぜか、沢で一度も使わなかったバイルを手に取り、やりましたのポーズ。うれしかったのだ。

さあ、どうやって帰ろうか。烏尾尾根を下るのが一番早いのだが、同じ車道歩きは避けたいのでヤビツ峠へ下ることにした。久しぶりに表尾根を歩くのも悪くないし、コースタイムを見るとちょうどバスの時間に都合が良さそうだ。昼過ぎだというのに多くの若者ハイカーとすれ違い驚いてしまう。最後の車道歩きで再びぐったりしながらヤビツ峠のバス停に到着し、短くも暑い熱い沢修行を無事に終えたのだった。

新茅ノ沢5 新茅ノ沢6

大倉バス停7:38-新茅橋8:50/9:12-大滝下9:40-烏尾山11:40/12:10-ヤビツ峠13:40