ブナの沢旅ブナの沢旅
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カテゴリー:雑記帳
2017.04.15
リハビリ快調のタカマタギ〜日白山

3月末に捻挫した後、3日間は自宅から一歩も出ずに安静したところ腫れも引いて徐々に日常生活は正常化。そうなると山に行きたくなり、2週間後にリハビリと称してミツマタのお花見山歩きをしてきました。ちょっと心配だったけれど、登り下りは大丈夫。トラバースしたり石がゴロゴロしているところで力を入れるとまだ痛いことがわかりました。

こういう調子なので沢なんかはまだダメだけれど雪山は大丈夫だろう。ということで、待ちきれずに谷川方面へ軽く雪山ハイキングに出かけてきました。もう4月半ばなのでかなり雪解けが進んでいると思ったのですが、さすがの豪雪山地。下はともかく山中はまだまだ冬山の美しさが残っていました。

タカマタギから日白山は2年前に一人で行ってとっても気に入ったコースです。リハビリにしてはちょっと長いので、足の具合を見ながら現地判断することにしました。気持ちの良い気候と好展望でアドレナリンがいつもより多く出たのか、足の具合もほとんど気になりませんでした。途中で歩き通すことができると確信。それほど深刻な捻挫ではなかったのでしょう。適度に動かしていた方が固まらずにいいのだと思う次第です。

下は一部藪も出ていたりクラックがあったけれど、登るにつれクリーミィーナ冬山の姿となり、最近降ったらしい新雪で薄化粧をして迎えてくれました。平日なので他に誰もいません。近年は人気の山となったようですが、曜日に縛られないのが隠居ハイカーの強みです。

日白山からはいつもの東谷山経由ではなく、初めて地王堂川へ下ってみました。でもですねー、このコースは時間が多少短いというメリットがあるとはいえ、出だしの急斜面と下ってからの長い林道歩きが主で展望もなく、はっきり言ってつまらなかったです。

と、最後のことはさておき、雪山歩きは大丈夫だということがわかってホッとしました。次はテント泊を試して、連休は予定通りの縦走で雪山をしめたいと思っています。さてどうなることやら。

 

 



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2017.03.28
丹沢の堂平でラッセルを楽しんだのですが(泣)・・

3月最後の日曜から月曜日にかけて降った雨は丹沢の山に「大雪」をもたらしました。そんな時は「それ行け、丹沢!」と、いそいそと出かけていくわけです。考えることは皆同じなので、車が使える今回は、人出がありそうなコースを避けて静かなブナの森を目指すことにしました。

いちおう堂平から丹沢山という予定だったのですが、予想以上に雪が深いため、最初の林道歩きで無理なことがわかりました。この日は単独が2組先行していたのですが、二人とも早々と下山してきたところで話を聞くと、一様に途中であまりに雪が深くてツボ足では無理なためあきらめたというのです。こんな大雪のあとにツボ足というのは無謀です。こちらはワカンを持参しましたが、シューにすればよかったと思ったほどでした。

そんなわけで、目標を控えめに軌道修正。ブナの堂平でラッセル遊びができればいいな、くらいの気持ちに切り替えました。登山道を離れて植生保護柵に沿って登るところからは湿雪の膝ラッセルが続きますが、雪山を恋しく思っていたところだったし、山頂は目指さないのでお遊び感覚で楽しみました。

次第に大きなブナが目立つ雰囲気のいい森となり、ここが丹沢であることを忘れてしまいそうでした。今年に入って3回行った南会津でもこれほどのラッセルはほとんどなかったので、大はしゃぎ。雪面にどかっと倒れて雪の人型を作ったり、倒れたブナによじ登ったり・・・

なんて楽しいことばかりのようですが、実は不注意で捻挫してしまい、トホホなことになってしまったのでした。しばらく山に行けそうにありません(泣)。せめてゴールデンウィークまでには完治して雪山を締めたい、以前滑落して肋骨を折った時には3週間で山を再開できたから行けるのでは、などと友人に話したところ、捻挫は骨折よりも完治に時間がかかると言われてしまいました。どうなることやら、ですが、がんばります!

 



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2017.03.26
奥武蔵の福寿草群生地再訪で思ったこと

雪山の合間に軽く歩きたいと思い、6年ぶりに奥武蔵の、古くは花新田と呼ばれていたという福寿草の群生地に行ってきました。6年前はまだそれほど知られていなくて、山行記録でも暗黙の了解のように、詳細には触れず地図も大まかにしか出ていませんでした。平日に行ったので、誰にも会わずひっそりしていました。

今はどうでしょうか。久しぶりに検索してみたところ記録だけでなくGPSの軌跡もたくさん出ているではないですか。随分人気の場所になったようでした。

さもありなん。朝はバスがないので西武秩父駅からタクシーに乗りました。行き先をなんと告げていいかわからず、「ええっと、浦山方面の・・」というと、運転手さんはすかさず、「あそこですね」。内心やっぱりと思い、こちらもすかさず笑いながら「そうそう、あそこです〜」。こんな会話が成り立つほどで、今の時期は来訪者が多いとのこと。

廃墟となった集落を抜けて沢沿いのルートを行くのが定番だと思っていたのですが、くだんの群生地に着くやたくさんのハイカーがいます。沢ルートの様子ではそれほど人はいないと思っていたので意外でしたが、多くは隣の尾根から登ってきていました。私たちの下山予定のコースです。なるほど。沢コースは足場が悪いところがあって慣れていないとちょっといやらしいところがあるのですが、尾根コースならば誰でも登ってくることができそうです。

群生地再訪でまず感じたのは、群生の範囲が小さくなったということ。印象なので正確にはわからないけれど、以前にはなかった明瞭な踏み跡小道があちこちに出来ていました。そして奥の一帯だけが、暗黙の立ち入り禁止になっているようでした。

もちろん自分を含めて誰もが福寿草を踏み荒らさないように気をつけてはいるのですが、一度踏み跡が出来てしまえばどうしてもそこを歩いてしまうし、踏んでいないつもりでも落ち葉の下の芽が影響を受けてしまうでしょう。

それでもこれだけの自生地はなかなか他では見られない見事な光景です。初めての人はみな目をみはるでしょう。

前回は往路を戻ったのですが、今回は尾根に乗り上げて(ここも明瞭な踏み跡ができていました)大ドッケの尾根を下りました。2日前に降雪があったようで、尾根は予想外の雪景色。開けてゆったりした雪尾根の雰囲気もなかなかでした。

ハイキングを始めた友人を連れてきたらきっと大喜びするだろうな、尾根コースなら大丈夫かな、などと思いつつも、前回の静かな思い出でここは封印したいという気持ちもあったりの mixed feeling の花新田でした。

 



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2017.03.04
今が旬の城郭朝日山@南会津

1月に登った窓明山は360度の好展望が得られる山ですが、北側に目を向けると標高が低い地味な山並みがはるか彼方まで緩やかに身をくねらせながら続いているのがわかります。大好きなブナ街道。その山並みの最奧に、ちょこんと白い三角形の頭が見えるのが、城郭朝日山です。

一般には二泊しないと行けない奥深い山なので、4〜5月の連休の時に登られています。2年前には単独で4月の半ばに行ってきました。美しいブナの原生林が広がるゆったりとした山並みですが、数え切れないほどたくさんのポコを越えなければなりません。おまけに残雪期には山頂下のポコが激藪となり通過に一苦労します。

そろそろ厳冬期も終わりに近づいた2月の末、思い切って雪の綺麗なブナ街道をたどって再び思い出深い城郭朝日山を目指しました。今の時期なら藪もまだ出ていないだろうという目算もありました。

思惑通り、クリーミィな雪に包まれたブナロードはほんとうにきれいだったし、藪の小ピークも雪庇がまだ落ちていなくて尾根通しに進むことができました。春とは違って空気も澄んでいたため、山頂からの展望もため息が出るほどクリアで、幾重にも重なる山並みの白さが違いました。

現役世代の人たちは連休でもない限り3日間を確保することは難しいかもしれませんが、今回登って改めて感じたのは、城郭朝日山は今が旬であるということ。早くも雪庇の亀裂が出始めていたけれど、藪から解放され雪の美しさが際立つ今こそ、足を運んでみる価値のある山だと思いました。

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そういえば、雑記帳を更新するのは久しぶりですが、今年はもう少し書き綴ってみるつもりです。



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2016.10.04
10年来の宿題を片付けたモロクボ沢

惑わすつもりはないのですが、タイトル、かなり大げさです。なんと10年ぶりにモロクボ沢に行ってきました。最初に遡行したのが沢を始めた2005年。丹沢らしくないゆったりと穏やかな雰囲気が気に入って、単独も含めて2005-2006年で4回遡行したお気に入りの沢でした。ただ、あの頃はHPなど持っていませんでしたから、記録はありません。写真もパソコンのクラッシュで無くしてありません。

そういえば、あの頃は沢に行きたくてしょうがなく、今思えば大胆なことに結構一人で遡行してました。今回ひょんなことで直前に決めたのですが、行くならば大滝は高巻きせずに滝の左壁の岩溝を登ろうと思いました。それが大げさな物言いの「宿題」を片付けるということです。

というのは、最初は会の先輩に連れて行ってもらい、ロープ確保で登ったのですが、単独又はリーダーとして行った2回目以降は自分で岩溝を登る自信がなくていつも高巻いていたからでした。

久しぶりに対面した大滝ですが、あれっ、こんなものだったかな、と記憶にあった大滝よりも小さく見えました。あれから、たくさん大きな滝を見てきたからでしょうか。なんだか急に気持ちに「余裕」が。だからと言って楽に登ったわけではありませんが、ロープをつけてリードしました。背が高い人ならそれほど苦労することもない、難しい登りじゃないのですけどね。

あとは美しいナメ滝を楽しみ、水晶沢左へ進んで登山道に抜けました。10年前は枝沢の水晶沢は遡行されていなかったけれど、数年前くらいからこちらの方が人気があるようです。確かにモロクボ沢本流よりもコンパクトでナメが多いし、最後の詰めも快適な棚滝(今回は水流がありましたが、普段は涸れているようで、滑りもなくサラサラしてました)で藪漕ぎなくあっさり登山道へ抜けられました。そういえばモロクボ沢では、源頭部の細かい分岐に惑わされ4回遡行してその度に違う場所に詰め上げていたことを思い出しました。まあ、読図が上達したというより、GPSという便利な道具のおかげですが・・・

久しぶりのモロクボ沢は水量が多かったことも幸いして、とてもきれいな沢の印象を新たにすることができました。丹沢の沢にはあまり食指が動かないらしい友人も喜んでくれました。これを機会にまた丹沢の沢巡りしようかな〜

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2016.09.24
内臓まで疲れた檜洞丸

それは2週間前のことでした。トレーニングを兼ねて山歩きをしようと、久しぶりに石棚山稜から檜洞丸へ向かいました。つつじ新道は5月に主稜縦走した時に歩きましたが、箒沢公園からのコースは何年ぶりだろうと思うほど久しぶりでした。

道標が新しくなっていて、懇切丁寧な表示に内心やりすぎじゃないかな(例えば、「ここで沢を渡る」とか)などと思いながらマイペースで登って行きました。このコースは前半に急登が続いて結構きついのですが、勝手知ったるコースなので承知のことです。

承知なのですが、ヤブ沢の頭までたどり着いた時には予想以上に負荷がかかったようでした。いつもよりたくさん休憩を取り、さあここからはブナ林がいい感じのゆるやかな山道へ。ところが、丹沢のいたるところに張り巡らされている自然保護柵がついに、石棚山稜にも張られていました。今の時期に歩いたことはないので単純な比較はできないのですが、やたらとアザミが繁殖していて、ところによっては登山道がアザミのヤブのようになっているのにはちょっと驚きでした。柵があるので、以前の雰囲気も損なわれてしまって、あれ〜こんなになっちゃったの、という感じ。

おまけに足がやたらと重くて、ツツジ新道合流点からさっさと下山してしまおうかと思ったのでした。でも、それじゃあトレーニングにならないし情けないので、半ば義務的に山頂へ。今思えば、それが災いしたような気がします。団体の若者などで賑わう山頂でやれやれと腰を下ろし、これで登らなくて済むなどと弱気の安堵。

コースタイム的にはそれほど遅くはなかったけれど、問題は帰宅してからでした。夕食をとった後、ちょっと胃もたれがしていたのですが、翌日になって胃が痛くなり、起きていられなくなってしまったのでした。それから2日間は食事も取れずに散々な状態。要するに疲れすぎたようでして、内臓の働きまで弱ってしまったわけでした。情けないですねー。

そんなわけでますます体力に自信がなくなりつつある今日この頃なのです。これまでは山へ行く以外は何も運動などはしていないのだけれど、そろそろ何かしないとまずいです!

ずっと続く秋の長雨のせいだけじゃないでしょうけれど、こんなそんなでしばらく気分が滅入っていました。でもある時に潮目が変わり、その後、悪天の合間の晴れの日(と言っても最後は雨に降られたけれど)にブナの森でゆるゆる沢歩きができて、腐った気持ちに薄日が差しました。などと、めちゃくちゃな文章になってきたので、今日はこのへんで。

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2016.09.06
Fall Number

さて、最近ある沢の先輩から、とっても貴重な資料を譲り受けました。それは知る人ぞ知る「Fall Number」です。しかもFall Numberの前身である「渓流」付きです。手元にあるのは1980年7月の9号からなので、創刊は1979年ですね。「渓流」は1982年の16号まで続き、17号からFall Numberとなって1986年の36号が終刊号です。

終刊号では最期の放談として「沢登りに未来はあるか」というテーマで柏瀬祐之、高桑信一、吉川栄一の三氏の対談が興味深いです。当時はまだ「未知性」や「未踏性」の余地があり、皆さんフロンティア精神にあふれていた。沢を追求することにある種の思想性があったように感じます。

時は流れ、時代は変わりました。今では先人の足跡、記録やGPSなどの便利な道具のおかげで、「大衆化」が進み、わたしもしっかりと恩恵にあずからせてもらった一人であるわけです。もう体力も技量も衰えるばかりだけれど、せめて大量に引き継いだFall Number に目を通し、当時の「パイオニア」的沢やさんの足跡を机上体験していこうかな、なんて思っています。

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2016.09.06
近況報告

今年の夏はある作業にかかりっきりで、ほとんど沢や山に行けませんでした。我ながら寂しいことだと思ってますが、人生の優先順位はその時々で変わるものです。でも、それがようやく一段落しました。せめてこれから紅葉のシーズンに向けて、沢旅を楽しみたいと思っていますが、そういう時に限って天気が意地悪するのですよね。どうなることやら・・

とはいえ、この週末にずっと前から懸案だった檜枝岐の沢へ。最初は泊まり沢の予定でしたが予報が悪くなったので日帰り沢に変更して実現しました。(結局それほど悪くならなかったのですが……)黒檜沢と保太橋沢のどちらかと思ったところ、同行者は黒檜沢には何度も行っているので初見の保太橋沢をチョイス。たまたま立て続けにこの記録がでたのも後押ししました。

いわば三部構成の沢で、第一部は水量豊富な滝とゴルジュが交互にあらわれ、それが全てそれほど困難でもなく楽しませてくれます。第二部は行く手に稜線があらわれ、開放的なゴーロの河原歩きが続きます。暑いとちょっと辛いところです。そして第三部は、柱状節理っぽい小滝が途切れることなく続き、とっても快適です。それで藪漕ぎなく稜線へ。ちょっと笹薮をかき分けて登山道へ。

ただ日帰りだと結構長丁場でした。三岩岳の登山道は中腹が綺麗なブナ林でとってもいい感じかのですが、とにかく急斜面が続きます。暑さでバテバテとなりました。結局久しぶりの11時間行動となりました。でもいい沢だと思いました。経験者曰く、黒檜沢よりずっといいそうです。

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2016.08.07
大滝沢+姥湯@吾妻連峰で遊ぶ

梅雨が明けたというのに、不安定な天候がつづきなかなか泊まり沢の予定が立てられません。そんな中で、この日の天気はだいじょうぶという一日で、久しぶりに吾妻連峰の大滝沢で遊んできました。今回で4度目、3年ぶりの遡行です。

遠出の沢で4回も足を運ぶと言うのは、あたらしもの好きの私にとっては異例のこと。それだけ大滝沢というのは、日帰沢としてはほとんど完璧にすべてを備えた「良渓」なのです。

雲一つない快晴の大滝沢は、抜けるような開放感に包まれていました。難しいところはなく、文句なしに圧巻の大滝をはじめ、幅広の舗装道路のようなナメ床、白いスダレ状のナメ滝など、どれをとっても笑みがこぼれてきます。

今年は沢といっても歩く沢ばかりでした。そんなわけで、前回帝釈山系の沢旅を楽しんだ帰り道に思わずポロリ、今度は文句なしに楽しい沢に行きましょうね〜と口にしてしまったのでした。そして久しぶりに遡行して、あらためて楽しくていい沢だなあ〜とうなずき合いました。

大滝沢は途中に冗長な所がなく、次々といろいろな滝があらわれてあっという間にハイライトが終わります。日帰の場合は最後まで詰めずに登山道に抜けるのが定石。枝沢を詰め登山道が交差する所で最後の休憩をして、楽しかった〜。なのですが、またまた率直な感想が口に出てしまい、楽しいけど、あっけないね。パートナーも間を入れずに、そう、とあまりにも早すぎる返事。

まあ、なにごともダイバシティーが大切だということで、地味だけど味わい深い沢旅をやっているから、たまにはこういう突き抜けたきれいな沢がより楽しく感じられるのでしょう。

駐車地点にもどってもまだ3時です。大滝沢のあとはいつもすぐ目の前の滑川温泉に入っていたのですが、ちっとさきの姥湯にまだ私が行った事がないと知った仲間が、一度は行く価値があるということで、さらに奥へと車を走らせ姥湯へ案内してくれました

な〜るほど、穏やかな吾妻連峰のイメージとは全く違い、足尾は松木渓谷のジャンダルムと安達太良の沼の平を一緒にして小振りにしたような景観にまず目を奪われました。そりゃあ、源泉が湧き出ている所ですからね。ここのセールスポイントは、そうした荒々しい景観にかこまれた開放的な露天風呂です。

平日で日帰り入浴の終了間近だったためか人も少なく、より開放感のある混浴風呂が貸し切り状態でした。以前も感じたのですが、山間の混浴風呂に入ると、平地での羞恥心のようなものは薄れて、みんなで入れば恥ずかしくない?的な気持ちになるから不思議です。(町の常識しかない人は眉をしかめるかもしれませんが‥‥)

そんなわけで、大滝沢で久しぶりの開放感に浸り、姥湯の露天風呂に浸った、楽しい一日となりました。(これまで姥湯にはかなり「秘湯」のイメージを持っていたのですが、こぎれいな一軒宿はなかなかの賑わいで、東京ナンバーの車も結構みうけられるほどでした。昨今の秘湯ブームがここでも感じられました。)

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2016.07.18
歴史を秘めた帝釈山系の沢

尾瀬の沢については、大清水側から入る日帰沢から始まり、最近は檜枝岐側から入る実川の硫黄沢や赤倉沢に足を伸ばし、さらに今回は舟岐川へと目を広げてみました。

手軽な面白さでいえば、初期に遡行した大清水側の沢に軍配があがることは明らかなのですが、最近は沢に求めるものも変わってきたことを感じています。そう、なにもないことの心の安らぎが感じられる沢旅指向がますます強まっているのです。

今回遡行した舟岐川火打石沢は源頭に近づくと、登山道のようなナメがつづき引馬峠に至ります。引馬峠という名前自体から、かつての人々や物の往来がしのばれます。「低場」から転じた呼び名という説もあるようですが、かつては引馬峠から栗山村側の平五郎山に伸びる尾根に道が開け、川俣温泉につながっていたとのこと。

『会津の峠』(下)によると、檜枝岐村の茅葺き職人集団「会津茅手」の往環路であり、木地師の曲げ物などが運ばれ、川俣からは陸の孤島に塩が運ばれたそうです。

ガイド本的な『会津の峠』で簡単な情報を仕入れたらもっと知りたくなり、ずっと前に古本の復刻版を購入してまだ目を通していなかった『尾瀬と檜枝岐』を開いてみました。700頁もある力作で、最初に出版されたのは、なんと第二次大戦まっただ中の昭和17年。編集後記には「皇紀に千六百二年」とあります。内容は多彩で、尾瀬の学術研究から、檜枝岐の風土記、山行記録など。

そして今回の遡行と引馬峠への関心から、パラパラ頁をめくって目に留まったのが、沼井鉄太郎の「黒岩山を探る」という山行記録でした。なんと大正九年の記録です。川俣温泉から平五郎山を経て引馬峠に至り、黒岩山から実川を下って檜枝岐に抜けているのですが、途中にけっこう仮小屋や鳥屋場小屋などが登場します。麓の山人の生活圏であったことがわかり興味深い記録です。

歳のせいか、山行のたびにこうした歴史に触れることの喜びを感じます。まだ聞きかじりで表面をなぞる程度ですが、新しい沢の楽しみ方をこれからも追求していきたいと思うこのごろです。

って、まとまりのない雑感ですけど、これ「雑記帳」ですものね、なんでもありです。このところ、ちょっと記載が滞っていたので、書いてみました。(右の写真が引馬峠です)

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