ブナの沢旅ブナの沢旅
▲トップページへ
カテゴリー:雑記帳
2014.02.04
連戦連勝の青空山行

今年に入り毎週のように谷川や武尊山域へ出かけましたが、谷川以外はとくに狙ったわけでもないのに快晴の雪山歩きをしています。おまけに厳冬期らしからぬ暖かさ。なんだか拍子抜けするくらい、なあ〜んて、余裕の軽口が出てしまいます。

でもさすがに2月最初の日曜日は雨予報。気温が高いので相当高い山に行かないと雨らしいのです。これまで条件が良すぎたから、現実はこんなもんでしょと、めげずに計画を立てました。あれこれ検討の末、土壇場で決めたのが稲包山。山頂へ行けないにしても初めての山域なので偵察に行くのも悪くないし、最悪の場合、法師温泉に入って帰ればいいかなと、控えめな気持ちで行きました。(パートナーは私がそんなことで満足するはずがないと言いはりましたが。。。)

ところが、です。歩き始めるやみるみる青空が広がって行くではないですか。うっそー、とかいいながらホクホク顔。やっぱり青空に見守られているのだわwww〜

雪も多く林道歩きも雪がきれいで楽しいシューハイキングの気分。きれいだねー、あの岩峰河童の顔みたいねー、この葉っぱはなんだろー、あの尾根この辺から取り付けるかな、などいちいち立ち止まって話し込み、最初からのんびりムードです。

そんなこともあって尾根に取り付き三坂峠の稜線に乗り上げたときにはとっくに昼を回ってしまいました。少し進んで稲包山が見えて来たときは、ひとこと遠いねーと、そろそろ下ることを考え始める始末。

というわけで、地図で傾斜が緩そうな斜面を適当に下ることにしました。ところがこの斜面がブナの疎林のすてきな斜面だったのです。雪山ってほんとに自由にどこでも好きにルートをとることができて最高に楽しいと思える瞬間でした。あっというまに林道にくだり、また長〜い林道歩きです。

なんだかんだと行動時間7時間のうち5時間ほどが林道歩きという、珍道中のシューハイキングとなりましたが、それはそれで楽しく思えたのだから、仲間と青空の力は偉大です。そして最後のおまけも今となってはちょっと反省しながらも笑えます。

雪壁にかこまれた駐車場に戻ったら車が一台ポツンと取り残され、入口は大型除雪車でふさがれていたのでした。さあ、どうやって脱出したらいいのやら。。。(続きは後日の記録で)



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2014.02.01
山行記録の移行を終えこれまでを振り返る

今年から新しいホームページに移行して新規の記録を掲載していますが、昨年までの記録はもとのサイトに残したままでした。2014年も1ヶ月が経過し、すべての記録を新しいサイトに移す作業が今日ようやく完了しました。

といってもまだ完全な移行ではありません。とりあえずテキスト部分を移しました。移行作業はテキスト部分はそれほど大変ではないのですが、写真の反映が一手間かかります。記録の写真については枚数を減らし、写真集を増やすことにしました。最近は無料サービスでも使える容量がふえているのでサイズも余り気にせずどんどん掲載できます。

記録を移す作業は、これまでの山行を振り返る機会にもなり、とても興味深い追体験となりました。沢を始めたのが2005年で、沢を専門とする山岳会に入会。中年の初心者が入れるような会ではないと思っていたのに入会させてもらい、若手やベテランの先輩方に大変にお世話になりました。

それなのに早くも2006年秋には「ブナの沢旅」を打ち出し、自分の道を模索し始めました。我ながら大胆な決断だと思いますが、それだけ思い詰めていたわけです。最初の頃の記録を読み直すと、我ながら何をやってるんだと言いたくなる様なこともしばしばです。でも同時に、なんだかけなげだなあーなんて思ったりもして、う〜ん、よくやった。

あれこれ試行錯誤しながら、「ブナの沢旅」への想いだけで突き進んで来た感があります。けっこういい沢旅、山旅をしているなあと、自分で感心したり、あの時はああだったこうだったと、これまでの10年間の人生を振り返ったり。ほんとにたくさんの思い出がよみがえってきました。

その意味でも記録を書くというのは、たんなる山行報告以上の意味を持つものです。大げさな言い方かもしれませんが、自分のアイデンティティーになりつつある今日このごろです。だからおっくうだなんて思っちゃだめ。みっともなくていいから、その時々のありのままの自分の気持ちを素直に出せばいいのです。肩肘はらずに行きましょう〜

時々仲間にも話すのですが、「ブナの沢旅」が10年続いたら、記録をまとめて小冊子を作りたいなんて夢をもっています。あと3年。どんな新しい山や沢そして仲間に出会えるのでしょうか。そう思うと、これから生きていくのも楽しみに感じられます。こんな風につれづれなることを思わせてくれた記録の移行作業となりました。

読んでくださるみなさま、これからも「ブナの沢旅」をよろしくお願いいたします。



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2014.01.20
反省しきりの檜洞丸

楽しいはずの山歩き。なのに今回はただ消化試合的な、疲れるだけのハイキングになってしまいました。だから最初はとくに書くこともないなあと思っていたのですが、振り返ってわけを考えてみました。(わざわざ言うほどのこともない愚痴話です)

まずは、なぜか最初からあくせくしていたような気がします。というのも欲張って帰路はつつじ新道ではなく犬越路を回ろうかなどもくろんだからです。バスの時間の制約がネックでした。板小屋ノ頭までは順調だったのですが、次第に雪がつき始めてペースダウン。

結構急なアップダウンが続くのにあえてアイゼンをつけなかった。同じバスに乗っていたベテラン風単独男性に途中で追い越されたのですが、その人のトレースはノーアイゼン。だからってまねすることないのに、そうよね、すぐにアイゼンに頼るのはよくない、これくらい大丈夫にならないと・・・などと見栄を張ったのが間違いでした。

おまけに当日は風が強くてとても寒い日でした。温度はマイナス5度。丹沢ハイキングではかなりの寒さでした。疲労感と相まって青空のブナ林を楽しむ余裕はイマイチ。山頂までいきたくないなあ~、でもいかないと気持ち悪いなあと、なかば義務感です。

つつじ新道に合流するとハイカーもふえ、山頂のベンチはみな占領されていました。適当に座ればいいものを一巡りして落ち着かずに下ってしまいました。今までの自分のコースタイムよりも遅いから休憩せずに下山で帳尻を合わせる的な感覚だったような気もします。

もうこれじゃあ、何のための山歩きかわかりません。少しくらい時間がかかったっていいじゃないの、もっとゆったりと一人の山歩きを楽しみなさいよ、どうしてそれができないの、などなどと自分をしかりたくなります。そう、これからは何ごとも一人で楽しめるようにしたいし、そうしなければいけないのです。

というわけで気分的にすっきりしないハイキングになってしまったので、つぎはガスを持ってのんびり行こう。温かいうどんを作ってゆっくりと山歩きを楽しむことにしましょう。と、こんなことを思った檜洞丸でした。



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2014.01.16
お・と・も・だ・ち

去年の東京オリンピック招致キャンペーンで、滝川クリステルがしきりに「お・も・て・な・し」とテレビでほほえみ、流行語大賞にもなりましたよね。えっ、いきなり何なの、ですが、東京オリンピックやクリステルさんに関心があるわけではありませんので誤解のないように。

新しい年を迎え、これからの山を想ったとき、ふと山トモなくして山はなし・・・と思ったわけです。集団行動が苦手なのと、できるだけ自由に山に行きたいという気持ちから、山行はほとんどが2人パーティ。なぜか声をかけてくれる人はいない寂しい状況なので、こちらから声をかけることがほとんどです。でもみなさん、声をかければ、ありがたいことに応じてくれます。

だから大切なネットワークです。そんなことを考えていたら、ふと「お・と・も・だ・ち」という言葉がうかび、そういえば何となく響きがにているなあーと、思った次第。新年早々、ちょっと変な書き出しとなりましたが、今年もよろしくお付き合いくださいと、雪山シーズンの山トモとの写真を通してご挨拶です。

今年に入って谷川岳と昨日の尼ヶ禿山の山頂でめずらしく続けてツーショットの写真をとってもらったので、これまでご一緒した方々との山頂記録写真を一挙掲載しました(笑)これがきっかけでまた行けるようになればいいなあ~トモ。

やまとも8やまとも1やまとも6やまとも1

やまとも2やまとも3やまとも4やまとも10

(左上から、尼ヶ禿山、谷川岳、甲子山、安達太良山、窓明山、大室山、甲子旭岳、守門大岳)



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2014.01.13
尼ヶ禿山再訪

今の時期は天候の見極めがむずかしく、越後や会津、まして東北の山を計画できないでいます。悪天でも実行するほどの技量もガッツもないので、ひたすら山の神様のご機嫌伺いなのです。

そんなわけで荒れ模様の連休も予定がなかなか決まらなかったのですが、最近調子が戻りつつある山トモに悪天でも楽しめる玉原高原のシューハイキングを提案してみました。こじつけた名分は、雪山を再開するための足慣らし。

2012年5月中旬に尼ヶ禿山からブナ平、さらに鹿俣山へ足をのばした周遊ハイキングをしました。あの時の芽生えたばかりのブナの新緑の美しさが忘れられず、いつか雪景色を見たいと思っていたのです。天気はいまいちだからブナの霧氷が期待できるかもしれない・・・

そんなこんなの尼ヶ禿山。積雪期の状況は現地に行かないとわからないところが多いので、尼ヶ禿山とだけ漠然と決め、あとは現地で適当にと、いつも適度に柔軟対応です。

ところが3連休の中日である12日だけは好天となり、うれしい誤算でした。山には太陽が燦々とふりそそいでいます。うれしいけれど、霧氷はないだろうなあと山頂を見上げると、直下の樹木はまだ白い花を咲かせているようです。間に合うかな~、ふうっ、なんとか間に合いました♪

樹林で覆われていた5月と違って展望も抜群です。ヤッホー。さあつぎはブナ平です。山トモの足慣らしといいながら、すっかり自分の欲にはまっていました。でも大丈夫でしたよね。なかなかいい周遊コースだったと自画自賛。

スキー場からは武尊山や剣が峰が真っ白に格好良く聳えていて、尼ヶ禿山はいかにも見劣りのする小山です。でも途中のブナ林はステキだし、武尊連峰の全体像を見渡せる格好の展望台。地味だけどいい山でした。



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2014.01.08
新年の山始めは快晴の谷川岳

さあ、新しいホームページで新年を迎えることができました。例年はお雑煮にも飽きて来た頃、丹沢の山にハイキングに行くのが新年山行の恒例になっていました。今年もそのつもりだったのですが、暮れに雪がたっぷりついた丹沢を歩いてきたので行き先を変えようかと思ったわけです。

あれこれ迷って一人でも行けそうな山の予報を見ると、なんと7日の谷川岳に晴れマークが出ているではないですか。今の時期ならば天候さえ安定していれば大丈夫なはず・・・谷川岳は3年前に初めて一人で行った雪山で、思い出深い山なのです。

せっかくだから平日対応ができそうなお姉さんに声をかけてみると、ちょうど自分も期限が迫った「青春18切符」を使ってどこかに行こうと思っていたというお返事。ならば行きましょうと、元山ガール2人で行って来ました。

もうこれ以上ないと言うほどの快晴で、前回はホワイトアウト寸前で行けなかったオキの耳まで足をのばすことができました。出会った人たちはみな満面の笑みです。これからお正月山行の定番にしようかなあなんて思ったほどです。

こうして2014年はとても幸先のいいスタートを切ることができました。今年はどんな雪山、沢旅ができるでしょうか。去年果たせなかった縦走も今年は是非実現させたいし、あれやこれやと想いが巡ります。



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2014.01.08
ホームページを刷新しました

ようやく新しいホームページができ上がりました。これまでのでこぼこながら手作り感あふれたホームページ(?)に不満があったわけではありませんが、きっかけはパソコン環境の移行でした。

いろいろと事情が重なって、10年ほど使っていたWindowsベースのパソコンを再びMacに戻すことに決めました。そこで問題となるのがホームページの移行でした。今まではWindowsベースのソフトを使っていたのでMac環境では使えないのです。

大変な作業だろうなあと思いましたが、どうみてもMacの方がフォントはきれいだし、継承したいろいろな機能が使えて便利だし、今使っているマシンはそろそろ買い替えないといけないし・・・

ということで、自分であれこれやってうまくいかずにノイローゼになるよりはと、知人に頼んで作ってもらうことにしたのでした。2度に渡って我が家に出向いてもらい、現状把握から、こちらの要望のヒアリング、サンプルページをベースにあれこれ改訂、調整を加えました。

今までのシンプルさをできるだけ保つようにすっきりと仕上げました。一度でき上がれば作業は今までよりも簡単で、リストやカテゴリー分類もみな自動的にできあがります。なんて、いまどきブログはそれが標準機能のようで、今まで旧態依然のやり方だっただけのことなのですけどね。

まだ100%の完成版ではありませんので、使いながら微調整することになるでしょう。けれど2014年の新年から新しいホームページで山行記録を掲載したかったので、公開することに決めました。

2013年以前の記録はまだ移行を始めたばかりです。古い記録は旧ホームページをご覧ください。しばらくは新旧HPの並行運用となります。ゲストブックは気軽に誰でも投稿できるので、リンクをはって従来のものを引き継ぎました。これからはもっと訪問者の声が聞ければうれしいなあと思います。

そして最後に、いろいろと注文に応えて素敵なサイトをつくってくれたEijiさん、どうもありがとう!まだしばらくフォローアップをお願いしますね。



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2013.08.19
鳴岩川シラナギ沢(sugi単独)@八ヶ岳

2013年8月19日

メンバー:sugi

 

沢始めの内唐府沢から2か月近く。事情があったとはいえ問題だと、一人で行ける近くの沢を探した。見つけたのが、一昨年、天狗岳に突き上げる河原木場沢に行った際に気になった、隣のゆったりした源頭部を持つシラナギ沢(別名治郎兵衛沢)だ。あまり記録はないが、難しいところはない初級の沢だ。

硫黄岳、横岳方面への登山口となっている桜平まで車で入る。三井の森の別荘地を抜けると道路は唐沢鉱泉方面と桜平方面に分かれる。以前より悪路が改善されているが、それでも慎重な運転が必要だ。

駐車場の手前から道路の両側にはすきまを見つけた車が沢山駐車している。お盆明けだがさすが八ヶ岳。駐車場からゲートを抜けて少し歩くと道は木の橋でシラナギ沢を横切る。標高はもう1880mだ。

家から沢靴を履いてきたので、履き替える手間もなくそのまま入渓する。どうということのない緩やかな流れを少し行くと、堰堤が二つあり、それを越えると谷が狭まり両側から岩壁が迫ってくる。左岸は崩落が進み、岩もろとも落ちてきた倒木が散乱し、荒れた雰囲気だ。細かく砕けた岩が白っぽく、沢の名前の由来だろうか。

滝らしい滝もなく進んでいくと、2050mあたりでナメが現れうれしくなるが、すぐに終わってしまう。左岸からきれいな滝を落とす二俣、左に進むとしばらくして大滝が現れる。唯一の滝と言っていいが、ハングしており登れないので、左岸の尖塔のような大岩を右から回り込み滝上に出る。ざらざらした急斜面だが問題はない。ここまで1時間半ほど、まだ8時だ。

滝上からはおだやかな小川になり、まもなくそれも消えて2160mあたりで涸れ沢となる。八ヶ岳の沢は涸れてからのほうが長い。振り返ると茅野市街、中央アルプスが。これまで日陰だったが、谷が広がり朝日が当たりはじめ急に暑くなってきた。正面に堂々とした根石岳が見えてくる。八ヶ岳の中では目立たないが、根石岳だけが切り取られるとなかなかなもの。

さらに進むと左手に切れ落ちた西天狗南面が見え、小さく人影も見えてくる。ハイマツを避け、ザレ場を選びながら登って行ったが、最後に少しだけハイマツの薄い藪につかまった。それを抜けたところが稜線の登山道だった。10時、3時間半の遡行だ。

何もない沢だが、多すぎるハイカーの登山道を避けたバリエーションの一つと考えれば、静かな山旅を楽しめる。

根石岳、夏沢峠を経て桜平に戻った。

稜線10:00-根石岳山頂10:20-桜平12:20



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2013.02.16
越後奧三面-山に生かされた日々-を観て

 

ようやく、ようやく見る機会を得た。民族文化影像研究所の映画作品「越後奧三面-山に生かされた日々-」は、朝日連峰の懐奥深くに位置する奧三面が、ダム建設により閉村してダムの湖底に沈む直前の、人々の山と共に暮らす姿を四季それぞれの影像を通して綴った記録だ。

影像による記録作業は1981年から村が閉村に至った1985年秋まで行われ、145分という長編記録映画にまとめられて各地で上映された。高い評価を得ていくつかの映画賞も受賞しているようだ。もう30年近く前に制作されたものだが、その存在を知ったのは数年前のこと。沢登りや雪山であちこちの山間地を訪れ、その土地の歴史や山の暮らしに関心を持つようになったからだ。

以前から三面には特別の響きを感じていた。沢登りを始めたばかりの頃、若い頃に険谷遡行に情熱を傾けていた沢やの先輩から三面の沢の話をきいたり写真を見せてもらったことがあった。それ以来、自分には無縁ながらも三面に憧れと畏敬の念を抱くようになっていた。

その三面には一方で、何百年も前から人々が集落を形成し、山と共に暮らして来た歴史があった。縄文遺跡も出土しているという。あんな険しい山奧に・・・と思うが、広大なブナ林に囲まれた奧三面の集落は、豊かな山川の恵みを受け、マタギの集落として山を敬い山に生かされた生活を送ってきた。

影像は、厳しい自然とともに自然の豊かさとそれを享受する人々の知恵を、冬の始まりから季節毎に克明に記録。ある意味究極のエコライフだと思いながら、最初から最後までぐいぐい引き込まれた。2時間半があっという間というより、もう終わってしまったという寂しささえ感じた。そして今見た記録映像の集落とその暮らしは、とっくの昔にダム湖に沈んでしまったのだと、切ない気持ちになった。(なにを、いまさら・・・なのですが・・・)

民族文化影像研究所はその後も影像記録をとり続け、「第二部-ふるさとは消えたか」を完成させている。家々の取り壊しから、閉村、集団移転した人々のその後の暮らしぶりなどを実に11年にわたって記録したものだ。いずれ、この作品の再上映も行われるのではないかと期待している。

ダム湖で沈んだ集落は日本全国至る所に存在する。沢登りでもダム湖にお目にかかる機会がよくあるが、それぞれに奧三面と同じ運命をたどった人々の自然と暮らす営みがあったことを忘れないようにしたい。その上でこれからも暢気に遊ばせてもらおうと思う。

山にかかわるようになったからこそ出会えたことを、心からうれしく思えた日だった。



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

2013.01.16
掘り出し物の「日本の名山」全集

 

最近、出版社ぎょうせいが1983年から84年にかけて出版した「日本の名山」全12巻をネット古書店で手に入れた。30年前に出版されたこの「名山シリーズ」は、今では見られなくなったとても立派な箱入りB5版の、山岳写真集と見間違うほどすばらしいカラー写真満載の書で、価格も立派な2800円。

一見すると、収集家がガラス入りの書棚に飾るために買いそうな全集だ。お堅い行政、法規関係や教育図書の出版社ぎょうせいが、なにかの記念かきっかけで大盤振る舞いをして出した全集に見える。きっと売れ行きも悪かったのだろう。今でもネット古書店で二束三文の値で売られている。

とまあ、一見さんざんな印象を与える装丁なのだが、そんな本をなぜ全巻そろえたのか。昨年南会津関係の山の本を集めているとき、安さにつられて「尾瀬・日光と南会津」の巻だけバラで購入したのがきっかけだった。さすがに高価な本だけあって写真は豊富できれいだし、今では見られない貴重な古い写真も掲載されている。
目次を見ると、執筆者も多彩で実用的なガイド本とは一線を画し、多面的な切り口の紀行文や随筆、エッセイ風に紹介されている。故平野長英氏が尾瀬の山と登山家との交流の歴史を綴っているように、それぞれの山の歴史やかかわった人物に焦点が当てられているのが興味深い。
へえ、けっこう面白そうではないかと、もう一冊、「飯豊・朝日と東北の山」を買った。そしてはまってしまった。藤島玄の「飯豊を歩いて半世紀」のエッセイから始まり、「飯豊道」ですっかりファンになった五十嵐篤雄氏の「二王子岳から北股岳へ」、知る人ぞ知る「マタギ-狩人の記録」の戸川幸夫は「秋田マタギの山々」、登山家で随筆家、村井米子の「朝日連峰の杣人とブナ林」など自分のツボにはまるような内容満載なのだ。一方では地元の先鋭的な山岳会による黒伏の岩場の登攀史や登山道のない時代の和賀岳、三面口ルート開拓踏査行など、興味が尽きない。

監修者は今西錦司と井上靖で、編集委員は羽賀正太郎、白籏史朗ら。とくに羽賀正太郎が中心的役割を演じた印象をうける。出版の趣旨や編集後記などはいっさいなく、ある意味いさぎよい。ぎょうせいは金は出すが口はいっさい出さない方針だったに違いない。だって、どう見ても商業ベースで採算がとれる構成にはみえないし、だからこそ、しぶくて筋が通った山の本になったのだと思う。

こうして思い切って全巻そろえることにした。日本の名山シリーズなんて、自分にはほとんど馴染みのない山域の馴染みのない山ばかりなのだが、読み物としてきっと面白だろうという予感。これから少しづつ目を通していくつもりだ。連載の「人物登山史」「山と温泉」「山と文学」も興味深く、山人生ではいまだ思春期にある自分にとってはあれもこれも目新しく新鮮なのだ。日本の山ってホントすばらしい~

30年前の出版なので、即席の登山情報にはならないが、山の歴史は変わらない。山と人の関わりの歴史や文学は時代を超えて輝き続ける。ネットには山の情報があふれているが、「ファーストフード」的なものがほとんどだ。そんな時代のなかで、ちょっとカビ臭いものの、先人の知見を見つけてうれしくなった。だから、ちょっと紹介がてら感想を記してみた。

 



0 Comments

No comments yet.

Leave a comment

10 / 12« 先頭...89101112