ブナの沢旅ブナの沢旅
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2018.04.22
村杉岳〜会津丸山岳
カテゴリー:雪山

2018年4月19ー22日

今年は季節の進行が早く、例年に比べ極端とも言えるほどに山は雪が少ない。今回たどるルートは途中で藪漕ぎが避けられないためゴールデンウィーク山行を前倒し、予報のいい日を選び、かつ予備日を設けるという万全の態勢でのぞんだ。

出発点となる奥只見丸山スキー場へは浦佐から無料バスがでているが、平日は運行していないため小出駅からタクシーを利用した。運転手の中年女性は最近山好きのご主人を亡くされたという。私たちの山装備をみて山の話からご主人の思い出話となり、道中いとおしそうに話がつきなかった。ちょっと疲れたけれど、その気持ちはよくわかり、よかったと思う。

平日にもかかわらずスキー場では多くの車が駐車していた。スキー場の一番下にある駐車場脇から川沿いの林道へ下る。対岸の山は雪がほとんどついておらず、以前緊張した雪の斜面のトラバースもたいしたことなく通過する。大きな雪のブロックがいたるところに散乱しており、所々川原に降りて通過する。早くも暑さでぐったりしながら青い鉄橋の上大鳥橋を渡る。

開放的な雪原が広がり、前方には毛猛の鋭鋒がそびえ立っている。ここで休憩し、雪原を横断して林道を少し進むと白滝沢の橋を渡る。取り付き点を探して薮の尾根らしきところへ回り込み、灌木を手掛かりに強引に登る。ひと登りすると傾斜も緩み所々雪がついてきた。予想したよりも容易に尾根に乗ることができホッとする。次第に雰囲気のいいブナ林の雪尾根となる。1000mを越えると前回テントを張った平坦地があらわれ、樹林の間から未丈ヶ岳が大きくみえる。

1395mから派生する尾根に乗る手前で急登となり薮がでていたが、やりすごすと雪がたっぷりついた広い尾根となる。順調にすすんで幕営予定地の1395mに到着したのが4時半前。すでに行動を終了する時間だが、ここで相談。目の前には村杉岳がとても美しくエレガントな姿を見せている。翌日登ってから丸山岳へ進むという選択肢はない。今日中に登るかパスするか。悩んだが、村杉岳を素通りしたらあとできっと後悔すると思った。仲間も了解してくれた。というより、ここで引き留めたら後々根に持たれると思ったらしい。

広く真っ白な尾根を、気持ち駆け上がるように登った。山頂の北側はすでに薮で縁取られていたが、少し進むと見晴らしがよくなり、今まで見えなかった山並みが広がる。8年ぶりに見る景色だ。大川猿倉山まではなんとか雪が繋がっているが、その先の猿倉山は驚くほど黒々としている。高倉山から会津朝日岳方面も黒い。あらためて雪の少なさを実感する。浅草岳が近く、守門がその後ろに白い壁のようだ。村杉岳の山頂を踏んだことに満足して残照の尾根を下った。

下りは早く、6時前にテンバに戻ることができた。幸い風のない穏やかな夜だった。幸先のよいスタートを切ることができたことを喜んで初日を終えた。

 

二日目は未知の尾根歩きだ。さてどのようなワンダーランドが待ち受けているのか、不安よりも楽しみな気持ちがまさる。眼下の広くなだらかな尾根を下って登り返すと三羽折の高手といわれる小峰だ。会津朝日岳には叶の高手という地名がある。高手とは肘から肩までの部分をさすらしいので、どちらも地形的になるほどと納得。倉前沢山までは50mとか60m道路といわれる滑走路のような平たくだだっ広い尾根が続く。この尾根のハイライトでありセールスポイントとも言えるのだが、私には広すぎてやや味気ない気がした。空がどんよりとしていたせいかもしれない。

広尾根の終点のようにちょこっと突き出ている倉前沢山をすぎると、尾根の様相が一変する。見渡す前方の山並みは黒々とした痩せ尾根が小さなポコをいくつも連ねているのだ。予想はしていたが、予想以上に雪が少ない。気を引き締めて薮の痩せ尾根を進むと、所々薄い踏み跡がある。沢遡行でよく遭遇するような密薮ではないので手に負えないというほどではない。とはいえ、藪漕ぎに弱いパーティであり、暑さもあいまって、薮尾根を通過するのにあれこれ数時間もかかってしまった。振り返るとひときわ美しい山容の村杉岳が両翼をひろげ、たどってきた尾根をかしずかせている。時間に押されながらも昨日村杉岳に登って出発点にできてよかったと言い合う。村杉岳のない丸山岳では寂しい。

 

大熊峠が近づき、尾根が南東に向きを変えるところから尾根の様相がかわり、ふたたび穏やかなブナ林の雪尾根となる。劇的な変化と景観の美しさに心をうばわれる。前の週に恵羅窪山近くで出会ったNさんと丸山岳の話をした時、大熊峠は雰囲気のいいところだと聞いていた通りだと思った。ダムが出来る前は越後の湯之谷村の人々がこの峠をこえて白戸川の自然の恵みを享受したという。しばらくは、こんな歴史を感じながら気持ちのいいブナの雪尾根歩きを楽しむことができた。

袖沢乗越はすっきりとした様相をみせており、メルガマタ沢への下降も容易にみえる。沢遡行で通過するたびに目が止まる3本ブナを探した。ブナの切りつけも目に付く。ブナがあるところは雪もたっぷりついている。ずっとそばにいて続いて欲しいという願いもむなしく、地図で予想した通りふたたび薮の痩せ尾根となる。ちっとも標高を稼いでおらず、丸山岳ははるかかなただ。

そろそろ疲れもでてきた。1150mからはふたたび広い雪尾根となった。まだ先は長いので疲れすぎる前に早めに行動を終えようと、1200mの平坦地でザックを下ろした。大きなブナに囲まれた雰囲気のいい幕営地だ。まだ日も高い。枯れ枝を集め今年初めての焚き火を熾す。予備日もあるのだからマイペースで丸山岳への旅を楽しみたいと思った。ふだんは疲れすぎると胃がむかつくのだが、焚き火を囲んで美味しいワインと食事をしっかりとることができた。早めにシュラフにもぐりあっという間に眠りに落ちた。

 

3日目は早朝から青空が広がり、気力もみちあふれている。涼しいうちに距離を稼ごうと5時に出発。さすがに高度をあげるとこれまでのような痩せた薮尾根はほとんどなく、あってもなんとか左右どちらかの雪堤が使えた。燧ヶ岳から尾瀬、越後三山の展望が広がり、見丈ヶ岳や荒沢岳が間近だ。振り返るたびに歓声を上げ、足が止まる。1700m付近までは快適な雪稜を踏んだが、見上げる上部は黒々としている。いよいよ背丈をこす根曲竹の薮となる。それほど長い距離ではないが、これまで以上にやっかいだ。対岸の尾根の緩やかなブナの雪尾根を横目に見ながら恨めしいが、これが最後と踏ん張る。

1800mに近づくと突然のように薮が途切れ、イメージ通りの真っ白で丸っこい雪原尾根となる。ちょうどメルガマタ沢源頭部の笹薮を抜けて低灌木帯の尾根に抜けたあたりだろうか。いよいよ山頂へと、一歩一歩を踏みしめる。これまで見えなかった会津側の山並みが広がる。均等に360度の展望が得られる地点を山頂とみなし、ザックを下ろした。もう昼近いが、かかった時間が長いほど得られる充足感も大きい。私にとっては5回目の山頂だ。一度も中退したことがないのは、強い想いのおかげかもしれない。

春は好天でも空が霞んで山並みがぼやけることも多いが、目の前の展望はこれ以上ないほどに明瞭だ。20万分の一の地図を2枚広げて山座同定にいそしむ。会津朝日岳方面は黒々として厳しそうだ。丸山岳の登路として唯一残ったルートだが、自分には厳しいと諦めている。展望の関心はどうしても北側の地味な越後の山並みに向いてしまう。守門のさらに奥にみえる粟ケ岳から矢筈岳、少し置いて貉ヶ森から御神楽、歩いた山がみんなみえる。同じマイナー12名山上位でも矢筈岳なんて楽だったねなどと冗談がとぶ。

 

 

楽観的な予定では2日目の夜は山頂泊まりだった。もっと時間を過ごしたいところだが、いつまでも長居をするわけにはいかない。さあ出発と、ザックをかつぐ。これから下山路としてたどる梵天岳から高幽山の尾根は穏やかで真っ白な美しさを保っている。前の週、恵羅窪山への登路から遠望した真っ白な屏風のような尾根だ。つぎはあそこを歩くのだと思った通りに歩くのだ。

無雪期には池塘が点在する小山を見下ろしながら下る。いままでの遅々とした進み方を取り戻すようにどんどん快調に下る。5年前にテントを張った火奴尾根分岐のポコを懐かしく通り過ぎ、梵天岳へ登りかえす。至るところに亀裂が入り、例年よりも確実に季節の進行が早いことがわかる。

一時は予備日が必要かとも思ったが、高幽山まで行くことができれば4日目に下山できるめどが立つ。どうやら大丈夫そうだ。梵天岳からはさらにゆったりとした広尾根となり、どんどん進む。風がでてきた。高幽山山頂下の樹林に囲まれた窪地を見つけ行動を終えた。多少整地してテントを張ると風もなく快適な空間となった。連日10時間を超える行動ながらあまり疲れを感じないのは、丸山岳への「信仰心」のなせるわざなのか。すごい威力だと我ながら思う。

 

いよいよ最終日となった。高幽山からは左手に東実沢、右手に御神楽沢の谷筋を見下ろしながらいったん1470~80m鞍部にまで下る。ブナ林が広がり雰囲気のいいところだ。坪入山へ向かう登り返しが長く辛かったが、早朝で気温もそれほど高くなかったためか、5年前午後に歩いた時よりもコースタイムは1時間近く早かったのには驚いた。坪入山直下は亀裂の入った急傾斜の痩せ尾根となっており、遠目では怖そうだったのでピッケルをだした。

何の変哲もない坪入山頂だが、ここからは何度も歩いている勝手知ったる山となる。昨年は十分な日程が取れずに丸山岳を諦め、三本山毛欅峠から坪入山をへて会津駒ヶ岳へ縦走した。だからここまでくると今回の縦走は完了したも同然の気分なのだが、窓明山までは油断できない。例年1775mからの山頂北側は雪が割れてルート工作に気をつけなければならないからだ。やはり通過が大変な箇所がいくつかあった。

ちょうど昼頃に窓明山頂へ。これで余裕を持って下山できる見通しが立った。はるか彼方にみえる丸山岳の山頂を振り返り、あらためてよく歩いてきたなと感慨深い。健脚な人なら会津駒まで足を延ばすのだろうが、私たちにとってはすでに十分だ。

スキーのシュプールを見下ろしながら山頂からの大斜面を滑るように下る。さらに下るといつもは足を止めて見とれるブナ林となるが、しだいに消化試合的な気分となる。なんだか窓明山で気持ちのタガが緩んでしまったようだった。途中からは早くも登山道があらわれる。家向山への登り返しでは、太陽に温められた土の熱がバテた体にこたえた。最後の登りを終え、あとは一気に下って登山口に降り立った。

長い間休業していた小豆温泉の窓明の湯が再開したことを知ったが、登山口から1キロほど歩かなければならない。すでにバスはないので、タクシーで会津高原尾瀬口駅に戻り、駅近くの夢の湯に立ち寄ることにした。質素ながらいい湯だった。駅に着いたら最終のリバティ号が停車していた。慌てて踏切の遮断機を強引に通過して飛び乗り帰路についた。

こうして4日間の丸山岳巡礼の山旅を無事に終えることができた。久恋のルートを辿ることができた喜びを記録を書いている今でもひしひしと感じている。そして、彼方から青空で見守ってもらえたこと、夢に付き合ってくれた仲間に感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

奥只見丸山スキー場9:15ー上大鳥橋11:10/11:30ー1395m幕営地16:25/18:00 (村杉岳往復)//5:50ー倉前沢山7:20ー袖沢乗越13:15ー1200m幕営地15:50//5:00ー丸山岳11:30/12:00ー梵天岳15:00ー高幽山15:50//5:00ー坪入山9:30/9:50ー窓明山12:20/12:35ー家向山14:15ー登山口16:00