ブナの沢旅ブナの沢旅
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2017.09.15
メルガ股沢〜丸山岳
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2017年9月14-16日

 

台風18号の影響で敬老の日の3連休は後半悪天候が予想されたため、日程を少しずらして実行した。最近は気持ちが今ひとつ乗らず安易に流れていた。楽ではあるけれどなんだか違うという自己矛盾。こんな状況を打ち破りたくて、山への憧れのシンボルである丸山岳をめざした。われながら、この気持ちは宗教に近いものではないかとさえ思う。

2009年の秋に訪れたときは、当時の定番ルートである大幽東ノ沢を遡行してメルガ股沢を下った。その後2011年の大出水で只見地方は壊滅的な打撃をうけ、東ノ沢も無残に荒れてしまったという。少しずつ回復してはいるようだが、以前遡行した時の美しい森のイメージをそのまま心に留めておきたい。でも東ノ沢からの最後のアプローチこそが丸山岳への王道だとも思う。ならば北沢からと、少しは考えたけれど今の自分には手強く時間切れになるかもしれない。

と、あれこれ考えてメルガ股往復に決めた。当日は朝一の新幹線で浦佐駅へ向かい、奥只見湖行きの急行バスに乗った。9時過ぎには到着で、アクセスは悪くない。さっそく袖沢林道に向かう車道を歩きはじめると、しっかりガードされた鉄の門にふさがれる。通常はこの門を乗り越えるわけだが、ちょうど車が通って工事関係者が門をあけたので、通行していいかと声をかけた。一般人は原則通行禁止なので、声をかけられた若い男性は困った様子だったが、自己責任でいつも通行していますと半ばゴリ押して通行させてもらう。

だらだら下ってダム手前の橋を渡る。ここからさらに1時間ほどあるいて沢に下る目印の大木を見つける。前回よりも木にツタがたくさん絡まっていた。その木に張り紙がかけてあったので近づいてみると、5月の連休に丸山岳で消息をたった遭難者の捜索に関するものだった。丸山岳からメルガ股左岸尾根が予定ルートに入っていたことから沢遡行者に遺品の情報提供を呼びかけていた。連休中南会津のプチ縦走をした際に、一部コースと日程が重なっていたため捜索にあたっている友人の方から連絡をいただいた。そんなことなどが思い出され、一瞬切ない気持ちになる。

増水の渡渉にめちゃくちゃ弱いブナの沢旅なので、袖沢の渡渉が気がかりだった。幸いそれほどの増水もなく、か弱いスクラム徒渉でなんとか乗り越えた。深いところで腰下ほどだったので、多分これが限界だったかもしれない。無事渡ったあとは、さあこれで初日の核心は終わったと、安堵する。

仕入沢は小さな沢で途中から滝を連ねてぐいぐい標高を上げていく。960m付近で5mほどのトイ状滝に阻まれるので、左岸の小尾根に乗る。しっかりと虎ロープがかかっており、尾根に上がると赤テープもあった。以前より踏み跡が明瞭になっている印象だ。

3本の兄弟ブナが目印の袖沢乗越を越え枝沢を下る。最後は4m滝を落として白戸川に出合う。懸垂して沢に降り立った。ようやくメルガ股沢への入渓だ。この沢を詰めれば丸山岳。ここに降り立っていよいよ丸山岳に現実味を感じられるようになった。

最初は穏やかな平瀬の沢歩きだ。ところどころにあらわれる小さなギャップや小滝は水量が多めなのか水線通しでは通過できないところも多い。太陽が水面に反射してキラキラ光る。950m付近の右岸を一段あがると広い平地があり一面ヒヨドリ草で覆われていた。今は使われていないテン場のようだった。さらに三角点沢出合にも小さいテン場。快適そうだったので一瞬ここで初日を終えようかと一旦はザックを下ろした。けれど、二日目の長い工程を考えて先に進むことにした。

当初の予定どおり1038m二俣の手前の左岸に、メルガ股でこれ以上のものはないという格好のテン場があった。今年はまだ使用された形跡がなかったので、草刈りに精をだし、伸び放題のイタドリを除いて開放的な空間にしあげた。焚き火用の枯れ木もたくさん集まった。ちなみに、すこし上流の右岸に単独者用のテン場があり、焚き火の跡もあった。今期に丸山岳に登った単独者がいるのだと思い、シンパシーを感じた。

夜はさすがに冷えてきたので、焚き火がありがたい。三角点沢を越えてからのゴルジュの通過でずいぶん濡れてしまったので、完全に乾くまで焚き火にへばりついていた。もうすぐ彼岸。夜の来るのがほんとうに早い。いつまでも燃え続ける焚き火の明かりを間近に感じながらシュラフに潜り一日を終えた。

 

ベースキャンプ方式なので、翌日は軽いザックで出発する。テントはそのままなので朝の支度もなく楽でシニア向けのしつらえだ。二俣を右に進むが、さっそく小滝が連続し、登るのに苦労する滝も出てくる。2009年に下降したとき泊まった1150mのテン場はそれらしい形跡もなくなっていた。小さな砂地がそうなのだろうか。

下りは懸垂できても登るとなると話は別で、わけのわからない高巻きをしたり、登るのにあれこれ試したりと、時間がかかった。10mのきれいなトイ状滝を苦労して越えると、ようやく滝らしい滝はなくなり、急傾斜のゴーロ滝がつづく。水流はずいぶん上まで続いており、1700mを越えるとようやく枯れた窪となる。最後は背丈以上の竹藪となるが、激藪というほどではなく稜線にぬけた。尾根は竹藪から低潅木の藪となり、ところどころ踏み跡もあって歩きやすい。丸山岳とその先の山並みを見渡しながらゆっくりと山頂をめざす。ほんのりと色づいている潅木もあるが、まだ全体に青々とした夏山の雰囲気が残っている。

フィナーレはいつも感動的な丸山岳。潅木帯が終わり、草原が広がる。残雪期の丸山岳の山頂はだだっ広い平地のようだったが、実際の山頂は小さな平地でそこに池塘が二つ静かにたたずんでいる。山頂からは南東に前衛のゆったりとしたポコが見渡せる。時間的な余裕はあまりなかったけれど、ぜひあの上に広がる池塘群を見に行きたかった。わたしの丸山岳は、その池塘群からみた光景として目に焼き付いているからだ。

疲れていたけれど、こういう時はアドレナリン全開となるのか。往復30分という約束で1人で足を延ばすことにした。sugiさんは休んで見守っているという。雲が空を覆っていたのが少し残念だったけれど、池塘群は思い描いていた通りだった。これからどんどん黄金色に色づいていくのだろう。もっとゆっくりしたかったが、池塘の一つずつに挨拶をしてぐるっと回ってもどらなければならない。でもこれで気がすんだ。来てよかった。ふたたびこの景色を心に染み込ませてきた道を戻った。

 

 

山頂にもどるとなんだか急に冷たい風が吹き始めた。とても寒い。でもかえってよかったのかもしれない。晴天で暖かい天気だったら、もっと長居をしていたかもしれない。帰るのが嫌で後ろ髪引かれたことだろう。そうしたら後で大変なことになっていたはずだったのだ。

藪中のオアシスのようなところで一服してエネルギー補給をしたのち、往路をもどる。1300mくらいまではまずまずのペースで下ったが、滝が出始めると停滞した。ロープは20mしか持ってこなかったので、沢床に届かない滝がいくつかあり、強引に巻き下った。少しずつ時間が多めにかかり、その累積が効いてきた。

懸垂が必要な滝の下降をなんとか終え、あとは平瀬を下るという段階であたりは暗くなり、ついにヘッドランプを使用する羽目になってしまった。それでも夕方になって空が晴れて明るくなったのが救いだった。意外なことにヘッデンを使うとかえって沢床がよく見え、思いの外歩きやすかった。テン場に戻ったのは6時半。夏ならばまだ明るいけれど、逆に秋ならばもっと早くに暗くなっていたはずだ。

30分ほどながら、初めてのヘッデン下降。1人で山頂から池塘群を往復した時間と同じだ。自分の思い入れのために時間オーバーしたことを謝ると、そういう問題ではないとの返事。ともかく無事に戻れたのだからよしとするが、どうしてこんなに時間がかかったのかと反省することしきり。帰宅後、過去の写真と比べてみたら、前回は水量がずいぶん少ない。そんなことも関係しているかもしれない。

さっそく火を熾す。昨日二日分を集めたわけではないけれど、たくさん残っていたのは幸いだった。使い切っていたら、枯れ木集めはできなかっただろう。ここでも、不幸中の幸いを喜ぶ。この日もずいぶん濡れたので、めずらしく10時過ぎまで焚き火に張り付いていた。疲れすぎたのか、あまり食事はすすまなかった。

朝まで爆睡して目覚める。大変だったけれど、なんとか頑張れた。ゆっくりのんびり戻ろう。二日間お世話になったテン場を後にする。今年あと何パーティがこのテン場を使うのだろう。

メルガ股に落ちる出合の滝を快適に登る。たぶん快適に登れた滝はここだけだったと記憶する。袖沢乗越から沢を下り袖沢へ戻って、3日間の充実した丸山岳巡礼遡行を終えた。

 

奥只見湖バス停9:15ー袖沢11:00ー袖沢乗越13:25ーメルガ股沢14:10ー1038mテン場16:30//6:00ー丸山岳11:50/12:35ーテン場18:30//7:30ー袖沢乗越への枝沢9:55ー袖沢13:30ー奥只見湖バス停15:50