ブナの沢旅ブナの沢旅
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2015.04.24
白毛門〜朝日岳〜大烏帽子山〜柄沢山〜巻機山
カテゴリー:雪山

2015年4月24−26日

 

4月下旬の週末は、3月に守門黒姫から見た八十里越え奥の静かな山を歩こうと画策していたのだが、同行者の都合がつかず、漠然と一人ならばどうしようかと考えていた。

白毛門から巻機山の上越国境稜線は、残雪期によく歩かれている人気のコースで、以前から人並みに関心があった。4月前半の山に行けないとき、連休の山行としてプラン作りの準備をしていた。

とはいえ迷いもあった。城郭朝日山から戻って1週間もたっていないし、あのときの異様な疲れ方が気がかりだった。一方でこのチャンスを逃すと次週はまた時間がとれなくなる。あれこれ思いを巡らしても埒があかない。山では臆病なほど慎重だけれど、入山前に迷ったときは決行するのがわたし流。とにかく歩いて様子を見よう。ダメなら翌日引き返せばいいと決め、気が楽になった。

今回は縦走なので重いザックを背負い続けなければならない。とにかく軽量化を心がけ、食料をシンプルにしてワカンも装備に入れなかった。標高が高い所に泊まるので通常のテントが安心だったが、軽量化のために前回同様ツェルトにした。

なにしろ地図で数えるだけで名前のついた山が9座、大小のポコが10個前後とアップダウンを繰り返す。体力的にきついことは重々承知の上だ。頭でわかっていても、やってみて感じないと気が済まない性分。単独では2日間の記録が多かったが、3日の時間があるから大丈夫と言い聞かせて出発した。

上毛高原駅から谷川ロープウェイ駅行のバスに乗ったのは、大きなザックを担いだ登山者3人のみ。金曜日の入山なのでひょっとして同じコースの人がいるかと期待したが、土合橋で降りたのは私だけだった。やっぱり一人かぁと思いながら歩き始める。

雪どけが進み、東黒沢にかかる例の恐怖の橋にも雪はなくなっていた。ブナ林から尾根に乗ると完全に夏道となり、沿道にはイワウチワがたくさん咲いていた。夏道の方が歩きにくいが1200mあたりからは雪が続くようになる。対岸の一ノ倉もほとんど雪が落ちて谷筋以外は黒々としている。

2月の到達点である山頂下のこぶ岩附近は雪が落ちてズタズタ状態だ。鎖場や草付きの急斜面は雪の付き方が嫌らしくやっかいだった。最後は夏道から白毛門の山頂へ。やはりザックが重いと勝手が違う。ここまで来るだけでかなり疲れた。

笠ヶ岳方面を見渡しても西面は雪がなく登山道がでている。さあいよいよここからが縦走の本番だと、ザックの腰ベルトを引き締め出発。東側のウツボギ沢源頭部はまだ真っ白だ。その後も奥利根側と上越側では雪の付き方がだいぶ違うと感じながら進む。

長い一直線の登りを一歩ずつゆっくりと足を進めて笠ヶ岳へ。広い山頂も山頂下の避難小屋付近もまったく雪がない。初日の行動目標を最低限笠ヶ岳まで、あわよくば朝日岳としていたので、ノルマは達成。けれど雪がないので水が作れない。少し休んで進むことにした。

3日間歩くので体力を温存しながら時間配分を考えなければならない。とくに初日に頑張り過ぎるとあとに響くので、小さなポコややせ尾根を越えながらテンバを探す。風もでてきた。朝日岳手前ポコの鞍部の登山道が雪でおおわれた平地で立ち止まる。ここに決めたと、ザックをおろす。

暗くなって冷えてきたが、ビールをあけてささやかな入山祝い!あれこれ弱気で気休めに逃げ口をつくってはみたものの、行動を起こした以上やはり初心貫徹したい。3時に目覚ましをセットしてシュラフに潜る。

 

一晩中風が強く眠りは浅かった。南会津で快適だったツェルトだが、1900mの標高で風があって気温が低いと、さすがに快適とはいえない。朝起きたら一面霜が張り付いていた。う〜ん、ちょっと甘かったかな。

朝はいつも行動が緩慢だが、一人だと拍車がかかる。いつも鳥のさえずりに心安らぐ。雲が太陽の光りを遮り、展望もすっきりしない。風も相変わらずだ。朝日岳の山頂に近づくと灌木に霧氷がびっしり。寒々しいけれどきれいだなあと思いながら山頂へ。ガスで谷川国境稜線の視界はない。雲が急激な勢いで流れており、時々すうっと山々が姿をあらわす。そんな瞬間はとても神々しい。

しばらく雲が切れるのを待ったが諦めて進む。むしろガスがひどく視界がなくなり、広い雪原で方向がわからなくなる。とても心細い。GPSとコンパスで方向を確認しながら進むと鉄杭の頭が見え、木道に沿っていることがわかってホッとする。

再び夏道となりジャンクションの標識へ。さて、ここからは登山道がなく笹薮となる。ナルミズ沢遡行後に2度歩いているので様子はわかっているが、視界がないので下る方向に神経を使う。所々残っている雪田を拾いながら下って行くとガスが切れ、端正な三角錐の大烏帽子山が見えた。このときのうれしかったこと。

いつの間にか青空も広がり、ようやく一安心。地蔵の頭を越え、大烏帽子手前の鞍部でザックをおろしてしばらく惚ける。ナルミズ沢を詰めたときの記憶がよみがえる。草もみじの草原に続く一筋の小径をたどって、ここに立った。よく「天国へ続く道」とかのキャッチフレーズが使われている所だ。今その雪景色の中にいる・・・

朝日岳の山頂近くに動く影。人がいるっ!下ってくるかと思ったら登っている。きっとスキーヤーだろう。随分早い時間だが、早朝宝川から入ればあり得るのだろうか。何年か前に雨ヶ立山から布引山を歩いた時、ナルミズ沢源頭部のメローな斜面に釘付けになった。下って行きたくなる誘惑たっぷりのステキな源頭部。山スキーヤーの独壇場にしておくのはもったいないと常々思う。

 

大烏帽子山も山頂付近は雪が落ちているが、古い登山道跡がわりと明瞭でほとんど薮なしに山頂へ。石の三角点と古い手書きの標識があった。しばらくは気持ちよく雪の斜面を下って距離をかせぐ。ずっとこの調子で雪がついていればいいのだけれど、長く樂はさせてもらえない。

1614m鞍部に近づくと尾根が痩せ雪が落ちて薮が多くなる。いくつか薮のポコを越え雪の急斜面を下っている所で「こんちわ!」と男性の声。びっくりして振り向くと単独の若者が追いついてきた。お互いにやっと人に会えたと喜び、しばし立ち話をする。彼はなんと前日に西黒尾根から登ってきた。雪の状態が悪くて「心が折れそうになった」とのこと。私は1ヶ月前にあっさりと登れたので、雪山は時期が違うとこうも難易度が変わるのかと思う。

ここからはトレースをつけてもらえると、あからさまに喜ぶ。若者はあっという間に先に進んで行った。浅いお椀をひっくり返したような大きな檜倉山は近いようでなかなか近づかない。緩やかな谷筋の矢木沢源頭部はいまだクリーミーな雪模様で美しい。数年前に遡行した東メーグリ沢をずっと詰めるとこの辺りなのだなあと思う。

緩やかな雪原でふと振り返ると、今度は走ってくる若者の姿。まだ学生の面影を残す男の子は、なんとデイパックでタイツ姿。靴もランニングシューズみたいに見える。驚いて聞くと、日帰で土合から巻機山を越え清水に下るのだと。なんだか呆れるのを通り越し、人それぞれ、まあ好きにして頂戴〜という気分。急いでいるのに足止めしてごめんね、さあ行って、と送り出す。

茫洋としてどこが山頂かわからなかった檜倉山を越えると今までとはスケールの違う大きくどっしりとした柄沢山が見えてきた。あの山を越えるのかとため息がでる。山頂付近は雪庇が張り出し、途中は雪が至る所で大きく割れている。鞍部手前のポコで一休みしてルートをチェック。実際に登ればトレースが今では二人分あるのだから心配はないが、一応自分でも考えなければ。最初に会った若者が中腹を登っている姿がみえる。孤高の岳人という感じでカッコいい。ひょっとして私の姿もあんな風に見えるのかな、なんて思ったり。

さあ頑張ろうと気合いを入れ標高差350mの登りへ。何度か薮に入りながら高度を上げて行く。最後の雪の斜面が長くて辛かったが、ついに柄沢山の山頂へ。予想通り、山頂にはスキーのトレースがたくさんついていた。奥利根の山並みが一挙にひろがり、まさに春山讃歌の展望だ。いざというときはスキーヤーのトレースをたどって柄沢山から下山することも考えていたけれど、もうその必要はなさそうだ。

山頂からは緩やかな下りが続くが、燦々と降り注ぐ太陽の光で雪は相当ゆるんでくる。先行者はかなり潜っているが、トレースをたどったおかげで樂をさせてもらえた。とはいえ、朝5時過ぎから行動しているため午後になると疲れが出始め、足取りが重い。米子頭山あたりを目標にしていたが、疲れるとでる胃のむかつきを感じ始めたので要注意。

米子頭山手前の1820m峰を登りきる気力がなく、手前鞍部の平地で行動を終える。3時前だが、出発してから9時間半たっているので十分だ。まだ陽が高いのでテントに入るとポカポカして暑いくらいだ。まずは温かいお茶で一服してくつろぐ。夕食まで時間があるので横になったら1時間ほどぐっすり眠った。やはり疲れていた。食事は前日ほどはすすまなかった。

 

 

3日目も3時起床。幸いなことに風もなく穏やかな夜を過ごすことができたが、冷え込みは一段と厳しく、テント内も気温はマイナスで、水が半分凍りかけていた。ツェルトも前日以上にバリバリだ。疲れのせいかわからないが、朝お湯を沸かしているときに何かの弾みでガスごとひっくり返してしまうという大失態をしでかす。銀マットを焦がすだけですんだけれど、気をつけないと一大惨事になりかねない。山岳会だとヒヤリハットの報告対象だなと思う。

朝一のお仕事は目の前の無名峰を登ること。前日の沈み込んだトレースが安心感を与えてくれた。米子頭山に近づくと、これまでより薮がふえて手強くなる。薮に埋もれた山頂には青いプレートの標識が置かれていた。昭和58年6月の明大ワンゲルのものだった。

山頂をこえると巻機山が大きくあらわれる。いよいよだなと奮い立つが、しばらくは薮こぎに難儀する。よく探せば古い道形があったりするのだが、いつもうまく行くとは限らないのだ。

ようやく最後の藪漕ぎから解放され、巻機山までの緩やかではあるけれど長い登りとなる。土曜日発の単独男性と女性2人組が近づき、相前後して山頂に到着した。ヤレヤレというのが真っ先の気持ちだった。そしてたどってきた国境稜線の山並みをあらためて見渡し、よく歩いてきたなあ〜と感慨深い気持ちになる。隣では若い女性二人が元気あり余る様子。彼女らと写真を撮り合っているうちに日帰のスキーヤーやハイカーがやってくる。さすがだなと、早くも静かな稜線歩きをいとおしく思う。

山頂下の山小屋はまだ埋もれていた。積雪期の巻機山は初めてだが、山のパーツが大きいので雪に覆われるとだだっ広いという印象。だからシューハイキングというよりはスキーヤーの山だなと思った。けれど展望は抜群で、谷川連峰から越後の山々が一大パノラマとなって目の前に広がる。

にせ巻機を越えるとすぐに夏道となる。7合目からはたっぷり雪の付いた尾根をドンドン下るが、井戸の壁の急斜面ではちょっと冷や汗。麓に近づくとブナの芽吹きが始まっていた。青い空とブナの芽吹きと雪のコントラストが美しい。麓におりると桜が加わり、山にも里にも春の訪れを感じながら、3日間の山旅を終えた。

 

 

24日 白毛門登山口8:55−白毛門13:25−笠ヶ岳15:05−1930m幕営地16:20
25日 幕営地5:20−朝日岳6:00−ジャンクション6:25−大烏帽子山8:45−檜倉山10:45−柄沢山13:50−1830m幕営地14:50
26日 幕営地5:20−米子頭山6:50−巻機山9:15ー避難小屋10:00ー登山口林道12:35