ブナの沢旅ブナの沢旅
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2014.12.07
日原川孫惣谷源頭部周回
カテゴリー:ハイキング

2014年12月7日

 

寒波到来の週末は完全な西高東低の冬型気圧配置。ということは関東は快晴なので、久しぶりに丹沢を歩こうと思った。けれど足が限られている私の丹沢はどうもワンパターン。そこで奥多摩へ出動するというkukenさんの山に便乗させてもらうことにした。

今月初旬、近隣の山仲間を我が家に招いて少し早い忘年会をした。その時kukenさんは本棚にあった原全教の「奥秩父」と付録の古地図に夢中になり、11月に奥多摩の滝谷源頭部を歩いたときの様子を詳しく語ってくれた。ちょっとしたハプニングのため途中で頓挫し、またトライするというのだ。(結局ふたたびコースを変えることになってしまったのだが。。。)

比較的長いコースなので、前夜のうちに八丁橋へ向かう。駐車広場はうっすらと雪で覆われていたが、気温が低いので地面は乾いていた。満月に近い月が煌煌と輝きヘッデンが不要なくらいに明るい。到着が真夜中近かったので、テント設営後すぐに就寝。

冬至が近づく今の時期は6時でも薄暗い。朝食をとりながら明るくなるのを待つ。初めて歩くコースなのでとても楽しみだ。ゲートをくぐり、しばらく孫惣谷林道を歩く。ようやく太陽があらわれ対岸の山肌を赤く染めている。凛とした冷気が心地よく感じられるが、持参したアウターをすべて着込んでも暑くならない。

タワ尾根に乗るまではアプローチ。いくつかルートはあるようだが、今回は私のためにラクラクコースを選ぶ。林道の途中からハシゴでオロセ尾根入口に取り付き、急登を経て中段道を進む。

こんな道があるなんて知らなかったが、奥多摩には地図にあらわれない作業経路や水源巡視路がたくさん存在しているらしい。そして、そんな道をうまく利用して静かな「誰も知らない 奥多摩」を楽しんでいる人達がいる。

タワ尾根南面の中段道は荒れた所もなく歩きやすく快適だ。しばらく進むと道は沢に下って行く。眼下に見えるウトウ沢は両岸が開け穏やかな雰囲気をかもし出している。まだ時間が早いので陽はあたっていないが、11月中旬の午後に下りに歩いた時は、渓が淡い陽に照らされてそれはそれは美しかったとのこと。想像するだけでうっとりしてしまう。

わずかに水が流れる沢を渡って尾根を登る。道は所々苔むした石垣が認められ今でも現役の様子。尾根に乗ると陽だまりハイキング風となる。途中で合流した枝尾根からはなんとモノレールが敷かれていた。孫惣谷の対岸は石灰岩砕石場なので、その関係なのだろうか。

モノレールにそって登りタワ尾根の1600mポコに乗り上げる。時間はまだ10時前。樹林に覆われた尾根なので展望はないが、比較的短時間でウトウの頭のもっと先の地点までたどり着いた。

タワ尾根を下ってウトウの頭に向かう時、この辺りは迷いやすい場所で、枝尾根に引き込まれやすいとのこと。そこでテスト。ちょっと尾根を下ってみてと言われ、違う尾根に引き込まれないように下って行くと尾根が切れた小さなギャップとなった。こんな所下るのかなあと下を覗き込んでいると、ブーとNGのダメだし。手前の岩溝がルートでした。と、まあこんな具合で、単独バリエーションテスト第一回目は不合格。

モノレールはタワ尾根の途中まで続いていた。尾根自体はとくに印象はなかったけれど落葉した木々の間からかいま見る滝谷源頭部が郷愁をさそう美しさだった。緩やかに尾を引く喜右衛門尾根のブナの疎林に二人で目を細める。kukenさんの心づもりではニノ沢(遡行図では三ノ沢)左岸尾根を下り、あの喜右衛門尾根を登りたかったようだが、膝をかばっているような歩き方を見て気になった。

そこで提案。平凡だけれど長沢背稜をまわるコースにしたいと持ちかける。何年か前に縦走した時の雰囲気がよかったので、その一部をふたたび歩いてみたかった。あのときは一杯水経由だったので一日たっぷり歩いてようやく水松山に着いて先の鞍部でテントを張った。それなのに、同じ場所にこんなに手軽に来れることがなんだかとても小気味良く思えたのだ。滝谷源頭部は新緑のときまで取っておきましょうと同意してもらう。

左手の山並みに小屋がみえた。雲取山荘らしい。意外と近くに見えたので最初は半信半疑だったけれど、地図で確認すると確かに。日が長い時ならここから雲取山まで行けそうなほど近い。へぇ〜なんて見入っていると、大きく張り出したあの尾根が二軒小屋尾根ねと、隣で解説してくれる。

そうこうして登って行くと頭上に古い標識があらわれ長沢背稜の登山道に合流。見覚えあるなあと駆け上がり、古いトモに再会した気分を味わう。気持ちのいい登山道を進んで行くと視界が開けてヘリポートへ。前回は知らなかったので驚いた所だ。

水松山から登山道を離れ中尾根を下る。水松山から天祖山に続く尾根を下って梯子坂のクビレで孫惣谷を下ることも考えたけれど、沢が凍っているとやっかいなので尾根を下ることにしたのだ。中尾根は一ヶ所傾斜の急な岩混りの所があったが、そこを過ぎると尾根が広がる気持ちのいい落ち葉ラッセルの下りとなる。1300m弱まで下った所で足を止める。水松沢に下って行く道があるらしい。

最初は不明瞭ながら、すぐにはっきりとした道になった。沢が近づくと石垣のあとまであらわれた。水松沢も穏やかな流れの沢で、ピクニックにもってこいの川原に降り立つ。沢は所々が凍り付いていた。道は沢を徒渉して対岸に続いており、木橋をわたって沢に下りると登山道の標識があり、対岸の高巻きルートへと導いている。

ここからは工事が休みの休日限定の近道を行く。すこし進むと目の前には大きな土管から水が流れ落ちていた。なんだこれは!と中をのぞいていると、採石場を作って孫惣谷本流を埋めてしまったため、暗渠にして流れを確保した結果がこの土管なのだという。

踏みあとをたどって林道終点の御供所へ。いかにも天祖山の信仰と関係ありそうな名称だ。高巻きルートが林道に戻る所に新しいミニチュアの社が置かれていた。高巻きルートは100mほども登らされて大回りするため30分ほど余計に時間が掛るらしい。

今では地図にない道となってしまったが、かつて天祖山の(梯子坂のクビレに通じる)裏参道として多くの信仰者に歩かれたのだろう。道中いろいろと解説をしてもらったおかげで興味がわき、帰って天祖山や経路について調べてみた。

これまでは漠然と古い山岳信仰の山だと思っていたが、明治初期の廃仏毀釈後に生み出された新興宗教の一つ、天学教会の創設者が命名した山だとわかった。ネットで調べてもほとんど情報はなかったけれど一つ参考になるサイトを見つけたので関心がある人は見てください。

林道に出てからは、対岸の荒涼とした石灰岩採石場を眺めて自然破壊のすごさを体感したり、燕岩に立ち止まったり、孫惣谷下流部の遡行体験を聞いたりしながら八丁橋の駐車広場に戻った。

奥多摩っていうけれど、私はまだ奥多摩の奥の字までたどり着いていないなと感じさせられた。古本サイトで手に入れた原全教の「奥秩父」、積ん読じゃなく本腰を入れて読み始めれば、ほんとうに「誰も知らない 奥多摩」が見えてくるかもしれない。(kuken、ako)

八丁橋6:25−オロセ尾根中段道−ウトウ沢右岸尾根8:35−タワ尾根9:55/10:15−長沢背稜11:50−水松山南東尾根12:35−御供所13:30−八丁橋14:40