ブナの沢旅ブナの沢旅
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2010.07.17
泙川湯之沢本流~国境平~鈴小屋沢右俣下降
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2010年7月17日~19日

 

連休はそれぞれ別の予定があったが、偶然二人とも直前になって予定変更。予想外の3日間という貴重な日程が得られたため急遽行き先を検討したのだが、直前まで東北の天候はぱっとしないし、会越方面は残雪が多い。

ならばこの際、以前から気になっていたもののアプローチが悪くて行きにくかった足尾山塊の泙川(ひらかわ)へ行ってみようということになった。あまり馴染みのない泙川だが「古道巡礼」や「皇海山と足尾山塊」を読んで以来、その歴史とともに関心がめばえ、情報を集めていたのだった。いくつかコースを考えたが、初めてなのでまずは代表的なところからと、泙川小田倉沢から足尾の雄たる皇海山に登り、湯之沢本流を下降する計画としたのだが・・・

 

高崎から上越線で沼田駅に向かう。車中で若い男性が通り過ぎたとき一瞬何かを感じる。そしてもしかしたらと思い、となりの車両に確かめに行ってみたところ、やっぱり5月の連休に飯豊の二ノ峰で偶然であった山人さんとモコモコさんだった。こうなるともはや偶然ではないかもと、互いに驚き再会を喜び合う。二人が私たちの車両にきてボックス席でしばし談笑。彼らは湯檜曽川本谷からナルミズ沢を下降するという。車中から見える川は明らかに増水している。互いに安全で楽しい遡行を願い、我々は沼田駅で一足先に下車。

沼田駅からはレンタカーで泙川林道をめざす。ナビに出ない道なので、近づいたところで地元の人に尋ねたところ、泙川(たにがわ)林道ではわからず、奈良(なろう)集落への林道と聞きなおしたら、それはひらかわ林道のことだと言われた。この一帯では皆ひらかわと呼んでいるのだと教えてくれた。(「皇海山と足尾山塊」によれば、古い文書では「たにがわ」と記されているが、集落名の平川と混同されてしまったらしいとのこと)

奈良集落は今では完全に廃屋となっているようだった。集落跡の先に広場があり、そこに駐車する。目の前の草地の薄いふみ跡をたどって樹林の尾根を下るが、途中で急傾斜となりどうもおかしい。仕方なく右手の沢筋に下りて隣の尾根に上がり、トラバース気味に下っていくとようやく川原に下りることができた。最初から間違えてしまいヤレヤレだが、ここで沢靴に履き替えて入渓する。普段はほとんど水が流れていないらしい本流はこのところのゲリラ的豪雨で大分増水している。膝くらいの水位ながら水圧が強く、緊張の渡渉となった。

すぐに小田倉沢出合となり、しばらくは川原歩きとなる。天気は上々で日差しが強く梅雨明けの予感。さっそくきれいなナメ滝が次々とあらわれるが水量が多い。沢が左に曲がると威圧的な直瀑に圧倒される。さっそく巻き道を探すと、ガレた左岸の途中からロープが垂れていた。ロープを頼りに滝を抜けると両岸は高い岸壁となって沢幅が狭まる。

すぐに樹林越しに大ゼン20mが真っ白な壁のように垣間見え、不吉な予感が。そして近づいてその水量に圧倒され、呆然とする。左岸にフィックスロープが見えるが、下段の滝がヒョングリの滝のように踊り狂い、釜に渦をつくって渡れそうにない。右岸も岩壁ギリギリまで水が勢い良く流れている。途中まで登ってみたものの、上段は傾斜がきつく水しぶきで息ができなくなりそうだ。

釜に入る勇気もなく、二人で途方にくれる。ここで撤退を提案。Yさんも無念のようで、空身で自分も右岸壁を登ってみるという。ロープを出して同じく途中まで登るものの、水圧の強さを実感してあきらめる。私たちにとっては初めての事態だったが、増水による撤退はよくあることだし、少なくともトライはしたのだからと自分達を説得。引き返して川原に戻り、目の前の斜面に取り付くとすぐに踏み跡が見つかり、あとは明瞭な作業道をたどって廃屋の裏に出た。暑さと心身の虚脱感で、もう山行を終えて帰ってきた気分になってしまう。

幸いなことに3日間の日程なので余裕がある。小田倉沢の渡渉ができなかった場合を想定してサブルートも準備してきた。振り出しに戻って態勢を立て直す。下降に予定していた湯之沢を遡行し、時間があれば皇海山をピストンして鈴小屋沢を下るルートに変更。すでに昼過ぎとなったので、午後は林道をたどって平滝集落跡あたりまで進むことにした。

車でゲート止めまで進むとゲートは開いていた。そこで少し先に進んでみると瓦礫の押し出しがあって悪路となったためゲートまでもどり、ここから歩き始める。暑さでバテバテとなり、長い林道歩きがつらかった。何度もトンネルをくぐり、三重泉沢を大きく回りこんで本流沿いに戻ると沢が近づき始めた。

ちょうど沢に下る道があったので、川原に下りて少し進むと沢幅一杯のナメとなり、前方に平滝が見えてきた。これまでの疲れも忘れるほど素晴らしい景観だ。ようやく苦労が報われた気分になり、元気を取り戻す。平滝を越えると越えられない堰堤滝となったので、右岸の斜面を這い上がる。そこは平滝集落跡のはずれだった。古い石積みで整備された平地が広がっており、平滝小屋とかかれた小屋が立っていた。

この平滝にはかつて集落があり、泙川津室沢上流の集落などと山越えの索道(木材を運ぶケーブルの道)で結ばれていたという。そしてこれらの集落は、足尾銅山事業に必要な用材調達をになった根利山という集合体の一部だったという興味深い歴史がある。もはやかつての集落の面影は無く、樹木に囲まれた広い草地がひっそりとたたずんでいるだけだった。そんな歴史に思いをはせながら、沢に近い平地にテントを張った。川原で焚き火を熾し、ビールで乾杯してようやく人心地ついた。出鼻をくじかれてしまったが、コースも気持ちも仕切りなおして1日目を終えた。

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翌朝は早立ちを心がけ、3時半に起床。夜半に予報どおり雨が降ったが、それほど長い時間ではなかった。いつもの癖でのんびりと朝食をとり、出発は6時となってしまう。川原の先の堰堤を越えると沢幅が狭まり、二つめの堰堤は半壊して滝を落としている。

左岸手前のガレた斜面をトラバース気味に登りロープを頼りにかぶり気味の岩壁を乗り越して、堰堤を見下ろしながらの緊張のトラバース。その後は平瀬がつづくが何度も渡渉を繰り返し、水量が多いのでけっこう疲れる。所々沢が狭まって側壁が高くなり、小滝の青い釜は豊富な水量で白く泡だっている。

横並びで豪快に水を落とす雄滝雌滝を左岸から巻いて越えるとすぐに、右手に小滝のような石積堰堤がある湯之沢出合となる。右岸を小さく巻いて湯之沢へ入る。ナメ小滝をこえ、4m2条滝は釜を回りこんで右岸の水際の壁を登った。しばらく進むと右手奥に龍ノ沢の20m大滝が樹林越しに見えてきた。天から降るような素晴らしい滝で、しばし見とれる。再び穏やかな平瀬となり、森全体が柔らかな陽の光に包まれてとても美しい。

沢が大きく右に蛇行する左岸段丘に小さな石積みの墓があり、真新しい花が供えられていた。この沢で遭難した人の供養なのかもしれないと思い、手を合わせる。美しいきらめきの平瀬が終わり、2段7m滝を右手から巻き登る。すぐに右手からきれいなナメを落としたナメ沢が出合う。

ナメ沢から広沢までが長く、気が休まらなかった。小滝を登り、つぎの6mナメ滝は少し戻って右岸を高巻く。このあたりの滝はすべて高巻きの連続だ。ゴルジュは白く泡立ちおどろおどろしい。屈曲部の8mナメ滝を右側から巻くが、沢に下りるところが5mほどのハングした垂壁となっていて、トラロープが下がっていた。

下は足場が無いので残置では不安なため、ここで初めて懸垂する。下部が2mほど空中懸垂となるが、Yさんは初めての経験なのでロープにしがみついてとても怖そうだった。日ごろのトレーニング不足を痛感する。さらに3m滝を巻いて流木をたよりに崖を下り、一連の核心部が終わった。「泙」とは水の勢いのさかんなさまを意味するらしいが、まさにその通りの川の遡行だった。

ナメがつづき、右岸の気持ちよさそうなテンバを過ぎるとまもなく広沢の出合いとなった。やっと広沢・・・ものすごく時間がかかってしまった。けれどここからは明るい岩盤のナメが連続するようになり、ようやく気持ちが和らぐ。赤根沢出合いから沢は南に向きを変え、ナメはさらに洗練された流れとなる。鈴小屋沢と湯之沢本流は両者が優雅なナメで出合い、美しいところだ。

前半が緊張の高巻きの連続だったので、ご褒美をもらった気分になる。水量は鈴小屋沢の方が多くナメもきれいなので、下降が楽しみだ。湯之沢本流に入ると慣れ親しんでいるナメ沢の雰囲気となり、どのナメ滝も登ることができて楽しい。日の光で水面がキラメキ、重圧からの解放感で心が浮き立つ。

随分時間がたってしまったので、昼のソーメンタイムをとることに。Yさんは今年初めてでうれしそう。小一時間ほど休んで出発。これまでの苦労がうそのように悪いところは何も無く、しばらくナメ、ナメ小滝がつづく。しだいに平凡なゴーロとなり、早くも源頭の様相なのかと拍子抜けしかけるが、1410m二俣を左に進んでしばらくすると再び傾斜のあるナメが続くようになり、行く手に緑の苔が美しい階段状滝が見えてきた。予想外の展開に思わず歓声。ふかふかの苔を踏みながら楽しく登り、最後をしっかり締めることができた。

1520mで左手に涸れ窪が出合う。そのまま本流を進むと稜線から離れてしまうので、ここから尾根に上がることにした。すぐに沢型がなくなって笹原の斜面となり、意外と簡単に国境平上の稜線に飛び出した。笹原の広がるとても気持ちのいい所で、分水嶺の尾根には所々樹木に鉄板の標識が打ち付けてある。目の前には皇海山の山頂が大きく迫っているが、標高差が500m近くもあり、とてもピストンする気にはなれない。

最初に予定を変更したときは残念な気持ちもあったが、実際に遡行をして稜線にたどり着いた今となっては、もう十分に楽しんだという気持ちで満たされ、ピークハントはどうでもよくなった。それよりも、山頂の喧騒から離れた静かで気持ちのいい国境平に自分がいられることの幸せがうれしかった。見晴らしのいい小山で山座同定を楽しみ、おやつを食べて休憩。男体山や日光白根が近い。いつかこの分水嶺をたどって縦走してみたいと、しみじみする。

気持ちのいい笹原なのだが、笹はすべて刈られているように見えるのだ。どうも鹿がきれいに芽を食べつくしているらしい。日光の鹿が増えすぎて尾瀬にも繁殖範囲を広げていると聞いたことがあるが、このあたりも事情は同じなのかもしれない。稜線のふみ跡をたどって鈴小屋沢右俣の下降点を探る。すぐに沢形があらわれ、簡単に下ることができた。

ここまでくれば一安心。事前情報の通り、ほんとうに何もない下降沢でどんどん下る。けれど開けた平地はたくさんあってもテンバ適地というとなかなか見つからない。。途中美しいナメ滝があらわれ潤いを与えてくれる。さらに下るとナメがつづくようになり、楽しく下っていくと見覚えのある湯之沢出合へ。美しいナメの二俣をもう一度見ることができてし・あ・わ・せ。けれど泊まれそうなところが無いのでさらに下る。

本流と広沢の間は穏やかで気持ちのいいところなのだが、しだいに時間が気になり始め、淡々と下る。そしてようやく広沢出合下の左岸に、もうこれしかないと思われる物件を発見。焚き火の跡もある広々としたテンバ適地。すでに5時となってしまった。やっぱり私たちは残業無しでやっていけないねと、非力さを感じながらもそれなりに頑張っているとの自負もある。二日目はYさんが食事担当なので、私はささやかな焚き火を熾しつつマッタリとした時間を過ごすことができた。

 

 

 

 

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最終日は往路を戻るだけなのだが、途中の悪場をもう一度通過するのも難儀だ。そこでナメ沢出合いに下れるという大高巻きの道をたどることにしたのだが、ここで私が大きな勘違いをして不要な大高巻きをしてしまった。記録では少し下流の3m滝上から取り付くことになっているのに、広沢出合いに張り出した小尾根から上がれると思ってしまった。

地図ではわかりにくいが、そうすると途中いくつか谷にぶつかり、そのつど上に追い上げられてしまって恐ろしく時間と労力を費やしてしまった。Yさんにも謝らなければならない。冷静にきちんと地図を見ればわかったはずなのに、今回もまた読図の教訓を得ることとなった。3時間かけてようやくナメ沢出合に下り立ったのだった。

しばらく沢を下ってから右岸の上部に延びている林道に上がるため、ニグラ沢手前の小沢をあがり、小尾根を乗り越してトラバースすると踏み跡があらわれた。時々テープもあり、しだいに立派な道となる。頭上で車のドアが閉まる音がしたと思ったら、ひょっこりと林道に飛び出た。

車が3台止まっていて数人の男性が私たちを見て驚いているようだった。人がいたのでうれしくて挨拶をし、しばらく話し込んでしまった。地元の人たちで、トンネル内で立ち往生した車の救出をしてきたという。事情を話し、国境平まで行ってきたといったら驚いていた。よく熊さんに食べられなかったね、とも。泙川が厳しかったことを話すと、ここは毎年2,3人が亡くなっているのだと言われた。そして、源頭部がお花畑だという沢についても教えてもらい、水曜日なら釣りに行くから連れて行ってあげるなどと、リップサービスも忘れない愉快な人たちだった。

平滝集落はずれの気持ちのいい木陰の草地で装備をといて休憩し、長い林道を暑さにめげながらゲートまでもどった。こうして突然得られた貴重な3日間の、さまざまな思いを詰め込んだ沢旅を終えたのだった。

 

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17日 奈良集落跡広場10:00-小田倉沢出合10:35/11:05-20m大滝11:45/12:20-小田倉沢出合12:50/13:10-駐車広場13:40/14:00-泙川林道ゲート14:10-平滝前(入渓)16:20-平滝集落跡16:35

18日 幕営地6:00-湯之沢出合7:30-湯之沢本流出合11:00-国境平14:15-鈴小屋沢下降15:00-広沢出合17:10

19日 幕営地6:15-ナメ沢出合9:30-林道12:05-林道ゲート14:30